イーストウッドがあらゆる責めを老いた肉体で享受せんとする。究極のマゾスティック映画
クリント・イーストウッドはその膨大なフィルモグラフィーにおいて、一度たりとも社会正義をふりかざしたことはない。
彼はただ、己が信ずる身勝手な倫理観を証明するがために、もしくは己の運動能力の実効性を誇示するがために、超人的振る舞いを映画内で発露してきた。ある意味で、ものすごーく自分勝手なお人なんである。
20世紀最後の年に監督・主演を果たした『トゥルー・クライム』(1999年)もまた同様。鼻が利く(事件を嗅ぎ分ける力がある)ことが自慢ながら、今は閑職に追いやられている新聞記者が、死刑執行を目前に控えた黒人死刑囚ビーチャムと接見し、実は無実であると確信。
タイムリミットが迫るなか、彼は必死に真犯人探しをする…というアウトラインなんだが、そこに黒人差別問題や、弱者救済といった大甘なテーマはナッシング。主人公は、ただ己の嗅覚が正しいことを立証したいがために、老体に鞭打って走り回るんである。
途中まで気がつかなかったのだが、動物園でカバを見たいと駄々をこねる可愛らしい少女は、イーストウッド演じる新聞記者スティーブ・エベレットの娘、という設定。
いくらなんでもおじいちゃんと孫ぐらいの歳の差があるなーと思いつつ、いろいろこの映画について調べていて驚いた。この少女を演じているのは、フランシスカ・フィッシャー・イーストウッド。何とイーストウッドの実の娘だったんである。
そんな孫のような娘と動物園をかけずり回り、二回りも違う娘のような年齢の女性と一晩のアバンチュールを過ごさんと画策。これまさに、現実のイーストウッドを真っ正直に引き写したかのような展開!タイムリミット・サスペンスを主軸に置きながらも、彼は周到に自己告白と懺悔を行っているのだ。
いつだってイーストウッドの不幸は、その肉体が不滅であること、つまり「死ねない」ことにある。同僚の命を奪った死のカーブを乗り越え、イーストウッドは死刑囚を間一髪のところで救出する。
だがこの映画のラストシーンで用意されているのは、その1年後、クリスマス・イヴの夜に一人ぬいぐるみを買いに行く孤独なイーストウッドと、幸せそうに家族団らんを楽しむ死刑囚一家の、残酷なまでの対比なのだ。
死のカーブで死ねなかった初老男のロンリネス。死なないことで、彼はあらゆる責めを老いた肉体で享受せんとする。悔悛しようとする。サスペンス・ドラマを隠れ蓑にしたパブリックな私的懺悔。ある意味で究極のマゾスティック映画ですな、こりゃ。
- 原題/True Crime
- 製作年/1999年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/127分
- 監督/クリント・イーストウッド
- 製作/クリント・イーストウッド、リチャード・D・ザナック、リリ・フィニー・ザナック
- 製作総指揮/トム・ルーカー
- 原作/アンドリュー・クラヴァン
- 脚本/ラリー・グロス、ポール・ブリックマン
- 撮影/ジャック・N・グリーン
- 美術/ジャック・G・テイラー・Jr
- 編集/ジョエル・コックス
- 音楽/レニー・ニーハウス
- クリント・イーストウッド
- イザイア・ワシントン
- ジェームズ・ウッズ
- デニス・リアリー
- ダイアン・ヴェノーラ
- リサ・ゲイ・ハミルトン
- ディナ・イーストウッド
- ルーシー・アレクシス・リュー
- シドニー・タミーア・ポワチエ
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