『Black Classical Music』──“血統”を名乗るアルバムの正体
『Black Classical Music』(2023年)は、ロンドン出身のドラマー、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)が家族の記憶と音楽的出自を基点に制作したアルバム。自宅の庭で撮影された幼少期の写真がジャケットに使われ、亡き母や父の演奏、娘バイアの声までが音源に刻まれた。参加ミュージシャンは、トム・ミッシュ、シャバカ・ハッチングス、クロニクス、ロッコ・パラディーノら多岐に及び、ジャズ、レゲエ、ネオソウル、アフロビートなどブラック・ディアスポラ由来の音楽が一つの作品として集約されている。
“Black Classical Music”──それはジャズではなく、血統の名前である
ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)は、このアルバムにジャンル名ではなく系譜名を与えた。『Black Classical Music』(2023年)というタイトルは、マイルス・デイヴィスやラサーン・ローランド・カーク、ニーナ・シモンらが、自分たちの音楽を“Black Classical Music”と呼んでいた言葉に由来する。
それは、レゲエ、アフロビート、ソウル、ラガ、グライム、ヒップホップ、そしてジャズなどなど、ブラック・ディアスポラから生まれた、あらゆる音楽をひとつの系図に束ねるための名称だ。
彼はインタビューで「ジャンルというラベルは、時に人を遠ざける」と語っている。だからこそ、Black Classical Musicという語を選んだのだろう。自分が浴びてきた音楽すべてを、歴史の中に“クラシック”として置き直すために。それは、ブラック・ミュージックの蓄積そのものが「古典」として扱われるべきだ、という宣言である。
ジャケットに写るアフロ頭の少年は、ユセフ・デイズ自身。ロンドン郊外の自宅の庭で撮られたというその写真には、ステージもスタジオも写っていない。
あるのは、植物と庭と、家の中へ続く出入口だけだ。彼が何度も語るように、ユセフにとって最初の音楽体験は、リビングと台所のあいだで鳴っていたレコードと、週末に集まる家族や友人とのジャム・セッションだった。
アルバムの随所には、亡き母への想起、父のベース、兄弟とのアンサンブル、そして娘バイアの声までが刻印されている。「The Light」で聴こえる子どもの声や、「Early Dayes」で差し込まれる幼少期のドラム音源は、彼自身の“生活史”であり、ブラック・クラシカル・ミュージックの最小単位としての〈家族〉。
『Black Classical Music』は、一軒の家とひとつの身体が、どのようにして音楽の血統へ接続していくのかという物語を、アルバムという形式に翻訳した作品なのだ。
心拍と時間──“リズムの研究者”としてのユセフ・デイズ
ユセフ・デイズは、自分を「リズムの研究者」と呼ぶ。彼にとってドラムは、曲の背後でタイムをキープする装置ではなく、“心臓の鼓動を拡張するための器官”だ。
アルバムを通して聴こえてくるビートは、BPMだけ見ればそれほど速くない。にもかかわらず、ハイハットやゴーストノートの細分化、シンコペーションの揺れによって、グルーヴは常に安定と不安定の境界線に置かれている。
タイトル曲「Black Classical Music」では、その哲学がいきなり剥き出しになる。チャーリー・ステーシーのローズが和音の輪郭を曖昧にし、サックス奏者ヴェンナが音程よりも“息の圧力”を前に出して吹く一方で、ユセフのドラムだけが明確な推進力を持って、ガシガシ前へと突き進む。
ここで鳴っているのは、ジャズ・アンサンブルというより、“グルーヴという現象を、複数の身体で検証している場”だ。
「Afro Cubanism」は、そのタイトルから想像されるアフロキューバン・ジャズの定型からあえてずれる。クラーベをなぞるような分かりやすいパターンは登場せず、むしろ UKジャングルやブロークンビーツの影を感じさせるビートが、ゆるやかなアフロの重心と組み合わされる。
ルーツを掲げながら、その定型を外すことで、ブラック・ミュージックの“純粋種”ではなく“雑種としての現在”を描こうとする態度が見える。
このアルバムを“音楽史”の側から見たとき、最も鮮やかに浮かび上がるのはゲスト陣だ。サックスのシャバカ・ハッチングス、ギターのトム・ミッシュ、レゲエ・シンガーのクロニクス、ヴォーカリストのレオン・トーマスIIIやジャミラ・バリー、そしてベーシストのロッコ・パラディーノ。
彼らは単なるフィーチャリング・ミューシシャンではなく、ブラック・ディアスポラの異なる地点を指し示す“座標”として配置されている。
「Raisins Under the Sun」でシャバカのテナーは、黒人霊歌の残響を思わせる下降フレーズを吹きながら、決して感情の頂点へは達しない。ミックスは彼の音像をやや遠くに置き、その手前でドラムの空気圧だけが強く押し出される。ソロのカタルシスよりも、「同じ空間にいる」という事実のほうが重視されているのだ。
トム・ミッシュを迎えた「Rust」も象徴的。かつて『What Kinda Music』で見せたギターとドラムのメロディアスな共犯関係とは異なり、ここでのギターはコードやリフを主張しない。
エレピとギターがそれぞれ減衰音とノイズのように扱われ、グリッドの隙間を埋める微細なテクスチャとして機能している。タイトルの“錆び(Rust)”は、旋律ではなく音の質感に宿る。
「Pon di Plaza」ではクロニクスが登場し、曲は一瞬だけレゲエ/ダンスホールの公共空間へ接続される。だが、ビートの重心はあくまでユセフのジャズ的なタイム感にあり、ベースも「ダブの反復」より「ライヴ・グルーヴの揺れ」を優先している。ここで提示されるのは“純粋なレゲエ曲”ではなく、レゲエがジャズと同じ血流を共有しているという事実だ。
終盤の「Cowrie Charms」では、レオン・トーマス3世のヴォーカルが、かつてのヨーデル混じりのスキャットを思い出させるような、声帯の“跳ね”を見せる。
そこへバーバラ・ヒックスの低い声が重なり、まるでゴスペル合唱の断片だけを抜き出したような音像が現れる。タイトルにある“カウリ(貝殻)”は、西アフリカで貨幣として使われた歴史を持つ。
ここではそのイメージが、アフリカからカリブ、アメリカ、そして現代ロンドンへ至る経路──ブラック・クラシカル・ミュージックの通貨としてのリズムを象徴しているように聴こえる。
こうして見ていくと、『Black Classical Music』が単に「UKジャズの一枚」などという尺度には収まらないことが分かる。シャバカを通じて現代ロンドンのスピリチュアル・ジャズと結びつき、トム・ミッシュやマセーゴ、ジャミラ・バリーを経由してネオソウル/オルタナR&Bの現在形と接続し、クロニクスによってレゲエ/ダブの歴史へ橋を架ける。
そこにロッコ・パラディーノのベースが、J Dilla以降のビート感と70年代フュージョンの系譜を同時に呼び込む。このアルバムは、ブラック・ミュージックの各時代・各地域を“リズム”というひとつの言語で翻訳する装置のようだ。
“21世紀のブラック・フォーク”としての『Black Classical Music』
この作品は、音楽史のなかでどのように位置づけられるのだろうか。個人的には、UKジャズのマイルストーンというよりも、21世紀のブラック・フォーク・ミュージックの代表例と呼ぶことを推したい。
フォークとは本来、特定の共同体の記憶と生活から生まれた音楽の呼称である。ユセフ・デイズは、ロンドン南部の家族、庭、食卓、そしてクラブや教会や街路を、ひとつのリズム言語としてまとめ上げ、その総体を“Black Classical Music”と名指した。
「The Light」で娘バイアの声が鳴るとき、このアルバムは黒人音楽の系譜を語る作品であると同時に、一人の父親が自分の生活を未来へ手渡すための記録でもあることが露わになる。
そこには、マイルス以後のジャズが抱えてきた「芸術音楽」としての自己意識と、ヒップホップ以後のビート・ミュージックが担ってきた「日常のサウンドトラック」としての役割が、矛盾したまま共存している。
ユセフ・デイズはその矛盾を、どちらかに寄せて解消しようとはしない。彼はシンフォニーではなくセッションとして、作品ではなく生活として、このアルバムを編んでいる。
だからこそ『Black Classical Music』は、ポスト・ジャズやネオソウルといったジャンル名の上から、もう一度「ブラック・クラシカル」という古い言葉を呼び戻す。過去の語彙を借りながら、その中身を 2020年代の生活と身体で上書きする試みとして。
ロンドンの庭先から世界へ向けて、「ブラック・ミュージックはすでにクラシックである」と静かに宣言する――『Black Classical Music』は、そんなアルバムだ。
- アーティスト/ユセフ・デイズ
- 発売年/2023年
- レーベル/Brownswood
- Black Classical Music(feat. ヴェンナ、チャーリー・ステーシー)
- Afro Cubanism
- Raisins Under the Sun(feat. シャバカ・ハッチングス)
- Rust(feat. トム・ミッシュ)
- Turquoise Galaxy
- The Light(feat. バイア・デイズ)
- Pon di Plaza(feat. クロニクス)
- Magnolia Symphony
- Early Dayes
- Chasing the Drum
- Birds of Paradise
- Gelato
- Marching Band(feat. マセーゴ)
- Crystal Palace Park(feat. イライジャ・フォックス)
- Presidential(feat. ジャハーン・スウィート)
- Jukebox
- Woman’s Touch(feat. ジャミラ・バリー)
- Tioga Pass(feat. ロッコ・パラディーノ)
- Cowrie Charms(feat. レオン・トーマス3世、バーバラ・ヒックス)
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