2026/2/4

『8人の女たち』(2002)徹底解説|贅の限りを尽くした、8つの美しい宝石たち

『8人の女たち』(2002年/フランソワ・オゾン)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー

10段階評価
7
GOOD

概要

『8人の女たち』(原題:8 Femmes/2002年)は、名匠フランソワ・オゾン監督がカトリーヌ・ドヌーヴ、イザベル・ユペール、エマニュエル・ベアールをはじめとする8人の女優たちを一堂に集めた、極上のミュージカル・ミステリー。雪に閉ざされた大邸宅で、一家の主であるマルセルが背中を刺され殺害された。電話線も切られ、外界から完全に孤立した洋館に取り残されたのは、妻、娘、妹、メイドなど、彼を愛し、かつ憎んでいた8人の女たち。誰もが動機を抱える中、一人また一人と隠された秘密が暴かれていく。

目次

芝居・ミステリー・女好きへ捧ぐ──奇跡のキャスティング

もしもあなたが芝居好きならば、
もしくはミステリー好きならば、
あるいは女好きならば…
この映画を見のがしてはならない

これは、公開当時にフランス版プレミア誌が本作『8人の女たち』(2002年)に寄せた映画評である。そして、この誌が挙げる3つの条件に、僕は恐ろしいほど全て適合している。

20代は芝居に出たこともあったし、ミステリーはアガサ・クリスティーからエラリー・クイーン、ガストン・ルルーに至るまで読み漁ってきたし、もちろん女性も大好きです。

1950年代のフランスの雪深いお屋敷を舞台に、密室状態の中で主人が殺害され、残された8人の女たちが互いに腹を探り合う物語。フォーマットとしては極めて古典的で上質なフーダニット(犯人探し)の体裁をとっている。

しかし、今回はミステリーの論理的整合性などという野暮な考察は一旦ゴミ箱に捨てておきたい。本作において真に語るべきは、フランソワ・オゾン監督が画面に閉じ込めた、フランス映画界の歴史と至宝とも言うべき「8人の美しき女たち」なのだから。

彼女たち一人ひとりに最大限の敬意と欲望を払いながら、その魅力を解剖していこう。

エゴとエロスの競演──フランス映画界の至宝たち

まず筆頭に挙げるべきは、ギャビー役のカトリーヌ・ドヌーヴ。撮影当時、還暦近い年齢だったにもかかわらず、それを微塵も感じさせない圧倒的なグラマラス!

かつてルイス・ブニュエル監督の『昼顔』(1967年)やロマン・ポランスキーの『反撥』(1965年)において、性的に抑圧され、神経をすり減らすような冷たい女性像を演じていた彼女が、今やブルジョワの女主人としての毒とオンナの貫禄をたっぷりと振りまいている。大女優という言葉は、まさに彼女のために存在しているのだとひれ伏すほかない。

ルイーズ役のエマニュエル・ベアール。あざといメイド服からこぼれ落ちる、獣のようなエロス。トレードマークのアヒル口のセクシーさは相変わらずで、メイドとは思えぬピンヒールのブーツに美しいブロンド、そして胸元からチラつく圧倒的な巨乳。

畜生、俺様もこんなHなメイドさんを一度でいいから雇ってみたいもんだぜ!!『美しき諍い女』(1991年)みたいに全編オールヌードで狂気を孕んだ映画はもうやらないのだろうか、と変な期待をしてしまうほど魔性的だ。

オーギュスティーヌ役のイザベル・ユペール。ミヒャエル・ハネケ作品などでいつも冷徹で陰気な役ばかりやっている印象の彼女だが、こんなにハッチャけた役もやるのかと驚いた。

ヒステリックで欲求不満な中年オールドミスを嬉々として演じ切り、本作のコメディリリーフを一手に引き受けている。間違いなく、この映画の影の主役といっていいほどの凄まじい存在感と演技の振り幅だ。

ピエレット役のファニー・アルダン。彼女が登場すると、画面が一気に夜の匂いで染まっていく。この人は立っているだけで危険でゴージャスな雰囲気が漂ってくるのだ。

特筆すべきは、劇中で繰り広げられるカトリーヌ・ドヌーヴとの取っ組み合いからの濃厚なラブシーン。ともに巨匠フランソワ・トリュフォーのミューズであり、愛人同士だったこの二人がスクリーンで絡み合うなんて、トリュフォー本人が天国で見たら一体どんな顔をするのかいな?映画ファンへの最高級のサービスショットなり。

謎解きすら凌駕する眼福の極み

スゾン役のヴィルジニー・ルドワイヤンが放つのは、計算されたイノセンスだ。バービー人形のようなピンクのファッション・ルックは、明らかにジバンシィが衣装を担当していた頃のオードリー・ヘプバーンを意識したものだろう。そういや、ちょっと顔の骨格も似ている。

エドワード・ヤン監督の『カップルズ』(1996年)で初めて彼女を観た時は、そのあまりの可愛らしさに息が止まりそうになったものだ。本作でも、裏の顔を持つ典型的な優等生という役回りが実にお似合いである。

そしてカトリーヌ役のリュディヴィーヌ・サニエ!半分ヴィルジニー・ルドワイヤン目当てで劇場へ足を運んだ僕に、まさかのカウンターパンチを食らわしてくれたのが彼女である。

あのボーイッシュなファニーフェイスと、全てをひっくり返すようなくったくのない笑顔。当時の僕は、血眼になって探し当てた彼女の画像をPCの壁紙にしたものだ。完全に推しです。

マミー役のダニエル・ダリューについては、ただただ平伏すしかない。戦前から活躍していた大女優ですって?車椅子に乗っていても元気なお婆ちゃんですね。

ジュリアン・デュヴィヴィエやマックス・オフュルスといった映画史上の巨匠たちの名作に出演している本物のレジェンドらしいが、不勉強ながら僕は露知らず。申し訳ありません。

最後にシャネル役のフィルミーヌ・リシャール。公開当時、日本のパンフレットを買ったら、彼女のトコだけプロフィールが「テレビドラマを中心に活躍。」と一行しか書かれていなかったぞ!!

オイ配給会社、いくらなんでもそれはあんまりじゃないの!彼女はフランス映画界で黒人女優としての確固たるキャリアを築き上げてきた実力派であり、本作でもその包容力で物語の土台をしっかりと支えているのだ。

長々と女優への愛を語ってきたが、肝心のミステリーとしての内容や結末はどうなんだって?……まあ、いいじゃないですか、そんなの。8つの美しく危険な宝石たちを、ひとつの密室の中でためつすがめつ眺められるだけで、映画体験としてこれ以上の贅の極みというものはない。

フランソワ・オゾン監督も、これだけの怪物級の大女優たちを迎え入れ、見事にコントロールし切ったのだから監督冥利に尽きるというものだろう。映画とは、かくも理屈をすっ飛ばした圧倒的な眼福とフェティシズムの芸術なのである。

フランソワ・オゾン 監督作品レビュー