『Elephant』(2003年/ホワイト・ストライプス)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Elephant』(2003年)は、ジャック・ホワイトとメグ・ホワイトによるデトロイトの2ピースロックバンド、ホワイト・ストライプスの4作目となるアルバム。赤・白・黒の配色で統一された独自のビジュアル戦略を背景に、メジャーレーベル移籍後初の作品として10日間の短期制作で録音された。「Seven Nation Army」「The Hardest Button To Button」「Ball And Biscuit」などの楽曲が収録され、計算されたミニマリズムの中に、剥き出しの初期衝動が息づく。
- 第46回グラミー賞:最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞、最優秀ロック・ソング賞、最優秀ロック・パフォーマンス賞(デュオ/グループ)
- 2004年ブリット・アワード:最優秀インターナショナル・グループ賞
- 2003年Pitchfork:年間ベストアルバム第7位、Best New Music
- 2003年Rolling Stone:年間ベストアルバム第2位、歴代最高のアルバム500選 第85位
- 2003年NME:年間ベストアルバム第1位
- 2004年ミュージック・マガジン:年間ベスト・アルバム ロック[海外]部門 第1位
メグ・ホワイトが支配する絶対領域
もう20年くらい前になるが、僕が知り合いに呼ばれてスタジオのバンド練習に行ったとき、ドラムを担当していたのが、ヘアメイクを本業とする美人なお姉さんだった。
これだけカワイイのにボーカルとかギターとかじゃくて、ドラマーという縁の下の力持的ポジションを担当していることに、妙に感動してしまったことを覚えている。
何と言いますか、ドラムという極めてフィジカルで過酷な楽器を選択する行為そのものに、確固たる職業的プロフェッショナリズムと美学を感じた訳である。それ以来、美人ドラマーがいるバンドは、条件反射的に応援してしまうクセがついてしまった。
その意味で、ホワイト・ストライプスのメグ・ホワイトは、僕にとって最初から絶対的に特別な存在だった。シンボリックな色彩で統一されたアートワークの中で、メグの無駄のない佇まいは、ただドラムセットの前に座っているだけで、画面を支配する圧倒的な強度を持っている。
彼女のドラムが技術的に上手いかどうかなんて、全くもって重要じゃない。むしろ、テクニックの誇示とは対極にある、素朴で迷いのない拍こそが、ホワイト・ストライプスの音楽の基礎構造を決定づけていたのだ。
ギター兼ヴォーカルのジャック・ホワイトとは姉弟なのか、それとも元夫婦だったのか。デビュー当時から彼らの関係性については、世界中のメディアで憶測がいくらでも流布したが、その曖昧でミステリアスな関係性そのものが、バンドに二人きりの密室感を形づくっていたのは確かだ。
二人の距離の近さ、ある種の禁忌に触れるようなスリリングな気配。ロック・ミュージックが性愛の匂いと危険な火花を帯びたときにだけ生まれる特異な磁場が、ホワイト・ストライプスという最小編成ユニットの核心にある。
そこに漂うヒリヒリとした緊張は、彼らが音を鳴らすより前にすでに存在している、視覚的かつ身体的なエネルギーだった。
赤・白・黒のヤバすぎる色彩戦略
赤・白・黒の、強烈なカラーリング。
これは20世紀初頭のデ・ステイルやロシア構成主義といった前衛芸術の手法を援用したものだと言われるが、このアプローチは単なるデザインのための知的引用にとどまらない。色そのものがバンドのコンセプトであり、音楽と同じ速度で意味を放射する、パフォーマンスの一部として機能している。
赤は血の通った肉体、白はすべてを飲み込む虚無、黒は埋めることのできない隙間。この三色はコントラストの極限として作用し、聴き手の感覚を強制的に覚醒させる。
コカ・コーラのブランドカラーが象徴するように、この計算し尽くされた組み合わせは、人間の意識を奪うほどの強烈な力を持っている。レコード屋の棚でジャケットに目を落とした瞬間、視覚が先に彼らの色に占有され、レコードに針を落として音を聴く前に、僕たちはすでにホワイト・ストライプスの構築した世界へと完全に取り込まれてしまうのだ。
この完璧な色彩戦略は、彼らの音楽が「音の削ぎ落とし」を核にしていることと密接に関わっている。要素を削ぎ落とすということは、無数にある選択肢を抹消し、かろうじて残った成分の濃度を極限まで強調することでもある。
赤・白・黒という三色は、そのストイックな思想を最も直接的に可視化する記号だった。無駄な装飾をすべて剥ぎ取り、かろうじて残された色の濃度だけでひとつの世界を構築する。これこそ、ホワイト・ストライプスの音楽そのものの手つきと、完璧に同じロジックなのである。
ジャック・ホワイトのノイジーなギターと、メグ・ホワイトのプリミティブなドラム、このたった二つの線が交差するだけで、なぜか耳の奥の空間が無限に広がるような錯覚を覚える。
ベースという低音のアンカーが存在しないため、音数が圧倒的に少ない。しかし、音数が少ないほど、個々の楽器の響きはより太く、より生々しく際立ってくる。この逆説的な構造こそが、ホワイト・ストライプスの無尽蔵なエネルギー源だ。
先メグ・ホワイトのドラムは一聴すると非常に単調に聴こえる。しかし、この単調さこそが、彼らの音楽の全体像を強固に規定しているのだ。細かなフィルインやスウィングといったドラマー特有のニュニュアンスを徹底的に排除し、ただただ正確に間隔を刻み続ける。
その拍の堅固な規則性が、ジャックの歪んだギター・リフの暴力性を前景化させ、同時にその荒々しさにどこか無垢で甘い影を落とす。音を足すのではなく、削ることで、暴力と甘さが奇跡的に同居するのだ。
究極の「引き算」
極限までミニマルなガレージ・ロックが、脳内で勝手に“メロディアスで重厚なもの”へと変換される。まるで、影絵のモノクロームのシルエットしか見えていないのに、その背後に勝手に色彩豊かな壮大な物語を描き出してしまうように。リスナーは、ジャックとメグが意図的に残した空白に自らの感情を注ぎ込み、曲を完成させる共犯者となる。
結果として、赤・白・黒の三色だけで提示されるホワイト・ストライプスの世界は、リスナーの脳内で無限の色へと増殖していくのである。極端に抑制された三色が、逆にリスナーの意識の中で色彩の爆発を引き起こす。
この逆説的な豊穣さ、聴き手のイマジネーションを強制的に起動させる空間設計こそが、ほかのレトロなガレージ・ロックバンドとの決定的差異なのだ。
彼らは2011年に解散し、その短い歴史に幕を下ろしたが、彼らが提示した「ミニマリズムの磁場」は、今もなお強力な引力を持ち続けている。何でも足すことができる時代において、何を削るかという選択が持つ圧倒的な暴力性と美しさ。
ホワイト・ストライプスは、ロックンロールという古びたフォーマットを用いて、僕たちに究極の引き算の芸術を見せつけてくれたのである。
参考文献・出典
- アーティスト/ホワイト・ストライプス
- 発売年/2003
- レーベル/V2レコーズ、XLレコーディングス
- ジャンル/ガレージ・ロック、オルタナティヴ
- プロデューサー/ジャック・ホワイト
- 1. Seven Nation Army
- 2. Black Math
- 3. There's No Home For You Here
- 4. I Just Don't Know What To Do With Myself
- 5. In The Cold, Cold Night
- 6. I Want To Be The Boy That Delivers Your Mother's Flowers
- 7. You've Got Her In Your Pocket
- 8. Ball And Biscuit
- 9. The Hardest Button To Button
- 10. Little Acorns
- 11. Hypnotise
- 12. The Air Near My Fingers
- 13. Girl, You Have No Faith In Medicine
- 14. It's True That We Love One Another
- Elephant(2003年)
![Elephant/ザ・ホワイト・ストライプス[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/71Y5v6jUaPL._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1763187294117.webp)