『James Blake』(2011年/ジェイムス・ブレイク)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『James Blake』(2011年)は、ポスト・ダブステップの潮流から現れた若き才能、ジェイムス・ブレイクが、シンガーソングライターとしての伝統的な叙情性と、極限まで削ぎ落とされた電子音響を融合させた衝撃のデビュー作。本作は、ダンス・ミュージックの構造を解体し、そこに内省的なソウル・ミュージックの魂を吹き込むことで、2010年代以降の音楽シーンの風景を一変させた。ダブステップ以降のミニマリズムを、極めてプライベートな祈りの音楽へと昇華させたその手腕。エレクトロニック・ミュージックとシンガーソングライターの在り方を根本から再定義した本作は、現代音楽における「沈黙」と「残響」の可能性を極限まで押し広げた。
- Pitchfork:The Top 50 Albums of 2011 第12位
透明で深淵なアンビエント
個人的な意見を言わせていただくなら、2012年の「フジロックフェスティバル」におけるベスト・パフォーマンスは、ダブステップの貴公子ことジェイムズ・ブレイクに決定!である。
わざわざ同時間帯にグリーンステージでヘッドライナーを務めていたザ・ストーン・ローゼズのライブを最初の2〜3曲で切り上げ、彼が待つホワイトステージへと移動したのは、結果として大正解だった。
長袖のジャケットにジーパンという、およそロックスターらしからぬ気取らない格好でステージに現れたジェイムズ・ブレイクは、グリーンステージの熱狂と喧騒などどこ吹く風とばかりに、どこまでも透明で深淵なアンビエントをプレイし始めた。
それはまるで、深い深い海の底から揺らめく月明かりを静かに眺めているかのような、極上の音楽体験だった。私はその心地よいサウンドスケープに、身も心も完全に浸しきったのである。
そもそも「ダブステップ」とは何ぞや。その起源を辿れば、2ステップのダブミックスにブレイクビーツやドラムンベースの要素を加えた音楽を選曲するムーブメントから発展したものだと言われている。
地を這うようなぶっといベースラインと、ほのかにリバーヴのかかった変則的なドラムパターンが、聴く者に深い恍惚状態を呼び起こすガラージ・ミュージック。
プリミティヴなリズムに合わせて、細かく刻まれたサンプリング音と電子音が立体的に絡み合い、えも言われぬ音像を創り上げる。そう、ダブステップとは、新世代のためのトリップ・ミュージックなのである。
カテゴリを逸脱する若き天才
だが、1988年生まれ(なんと大島優子と同い年である!)の若き天才アーティスト、ジェイムズ・ブレイクが紡ぎ出すダブステップは、そうした典型的なクラブ・ミュージックの枠組みからさらに一線を画している。
彼はもはや「ダブステップ」というカテゴリを軽やかに逸脱し、彼にしか鳴らせないオンリー・ワンのドメスティックなポップ・ソングを奏でているのだ。
自らの名前を冠した歴史的なデビュー・アルバム『James Blake』(2011年)を一聴すれば、その異能ぶりは明らか。ソウル、ジャズ、クラシックといった多様な音楽的要素が、ミニマルなアレンジと抑制されたリズムのなかで溶け合い、ブレイク節としか言いようがない特異なトラックへと昇華されていることに、深い感銘を受けるだろう。
まず、オープニングを飾る「Unluck」からして只事ではない。カチャ、カチャという硬質なキック音がひっきりなしに鳴り響くなか、薄くオートチューンをかけられた彼のウィスパー・ボイスが、冷たい荘厳さをたたえて耳の奥へと忍び込んでくる。
途中で重なり合うオルガンの音色は、まるで葬送曲のような不穏さを漂わせながらも、同時に中世の宗教音楽のような気高い神性すら感じさせるのだ。
踊れないビートの上で鳴る、内省的エレクトロニカ
続く「The Wilhelm Scream」もまた、彼を象徴する名曲。歌詞の通りに「fallin’, fallin’, fallin’, fallin’」と果てしなく沈み込んでいくようなこのダウナー・アンセムは、フジロックのセットリストでもラストを飾った感動的な一曲だ。
さらに、自分のヴォーカルを幾重にも重ね合わせたエクスペリメンタルなチューン「I Never Learnt to Share」や、ピアノの伴奏のみで静かに歌い上げられるバラード「Give Me My Month」と、アルバムは多彩な表情を見せていく。
後者からは、「少年時代はサム・クックやジョニ・ミッチェルがアイドルだった」と語る彼らしい、芳醇なフォーキーの味わいがたっぷりと楽しめる。
そして、アルバムのラストを静かに締めくくる「Measurements」に至っては、多重録音による“一人ゴスペル”とでも呼ぶべき、深く美しいリズム・アンド・ブルースの結晶である。
このアルバムは、決してダンスフロアで大勢が熱狂して汗をかくような音楽ではない。複雑なリズム構造の上にありながらBPMは極端に遅く、そもそもフィジカルに踊ることなどできやしないのだ。
ジェイムズ・ブレイクの奏でるポスト・ダブステップとは、遅く冷ややかなビートの上で、哀しげなメロディーだけが孤独に踊る内省的なポップス。それは、ひとりで静かに孤独を噛み締めるためのエレクトロニカ・ミュージックなのだ。
そんな深く美しいアルバムは、月の出ていない真っ暗な夜の闇のなか、ひっそりとiPodを耳に挿し、静かに両眼を閉じて聴くのが一番よろしいのである。
参考文献・出典
- アーティスト/ジェイムス・ブレイク
- 発売年/2011
- レーベル/アトラス、ポリドール、リパブリック・レコード
- ジャンル/エレクトロニック
- プロデューサー/ジェイムス・ブレイク
- 1. Unluck
- 2. The Wilhelm Scream
- 3. I Never Learnt To Share
- 4. Lindesfarne I
- 5. Lindesfarne II
- 6. Limit To Your Love
- 7. Give Me My Month
- 8. To Care (Like You)
- 9. Why Don't You Call Me
- 10. I Mind
- 11. Measurements
- James Blake(2011年)
- Playing Robots Into Heaven(2023年)
![James Blake/ジェイムス・ブレイク[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/51mgqI4JYEL.jpg)