『Gen』──“源”という名に込めた覚悟とは?
『Gen』(2025年)は、星野源が自らの名を冠し、作家性と大衆性を往復させる覚悟を記したアルバムである。DAW中心の制作体制に移行し、打ち込みと生演奏が交錯する中で、彼は“歌”を構造の一部として再設計した。国際的なコラボレーションが生む多層的なリズムと、繊細な言葉の配置が、ポップスの定義を新たに書き換える。
“Gen=源”という直球タイトルが示す覚悟
『Gen』というタイトルは、シンプルであるがゆえに重い。
自らの名=「源」を冠することは、ただの自己指示ではない。ルーツ(origin)と起点(genesis)、そして現在地(present tense)を一本の線で結ぶ覚悟の表明だ。星野源の作家性――軽やかなポップと設計の細やかさ、身体性のある言葉運び――が、ここではいっそう凝縮度を増して提示される。
紅白歌合戦への複数回出場で国民的認知を獲得する一方、「売れ線に寄った」「多面活動で芯がぼやけた」といった反発も、彼は確かに受けてきた。だが『Gen』は、その両義性を抱えたまま一歩先へ進む。大衆的な開放と作家的な実験を対立させず、むしろ同一線上で増幅させることで、「星野源のポップ」は迎合ではなく選択であることを証明してみせる。
制作手法の転換――“弾き語り”から“ビート設計”へ
コロナ禍以降の宅録化で、DAW中心のトラックメイキングが核となった。打ち込み、サンプリング、ループ構築が緻密な反復性と低域の彫りをつくり、音の隙間には呼吸するような余白が残る。
結果として“歌”の凹凸が際立ち、バンド録音とは異なる温度を保ちながら、サウンドデザインは研ぎ澄まされた。SSW的な導線から“構造としてのグルーヴ”へ――この移行がアルバム全体の触感を更新している。
曲順は旅路――創造/邂逅/別離/再発見
M-1「創造」で世界を立ち上げ、「喜劇」「暗闇」「不思議」へと相を変えながら、中盤では言葉とビートがせめぎ合う。M-12「Sayonara」で一度の別れに指を触れたのち、ラスト「Eureka」で再発見の地点に到達する。
“今は過去と未来の先にある”という感覚は、不可逆な時間を迂回するかのように、聴き手を半歩だけ現実から浮遊させる。単なるプレイリスト的並びではない、叙事詩めいたストーリーテリングだ。
M-6「2」ではイ・ヨンジの重心の低いラップが、星野のメロディと編み合わさってローファイ・ヒップホップの温度を帯びる。かつて彼が敬愛を公言してきたビート・ミュージックの文法が、ポップスの間口を狭めることなく呼吸しているのが面白い。
これは、かつて星野が「星野源のおんがくこうろん」で特集したNujabesを思わせるサウンドであり、ヒップホップとポップスの心地よい接点を見事に提示している。
対してM-2「Mad Hope」はルイス・コール、サム・ゲンデル、サム・ウィルクスという現行西海岸ジャズ/フュージョンのキープレイヤーと邂逅。切れ味のよいドラミングと変幻するハーモニーが、歌の芯をむしろ鮮明にする。地理も作法も異なる二つの潮流が、『Gen』という磁場の中で自然に同居している。
ポップの“公共性”を更新する
『YELLOW DANCER』の一撃必殺に比して、『Gen』は遅効的だ。耳当たりの良さの裏側に、奇麗なだけではない摩擦や複雑なコード運用、細粒度のギミックが仕込まれている。
再生回数が増すほど輪郭が深くなる“残響の設計”。ふとした生活音のようにループが体内に定着し、ある日、歌詞の一節が突然意味を変えて立ち上がる――そうした時間差の効果が、このアルバムの中毒性だ。
紅白的な“公共の場”で機能する普遍性と、リスナーの個室でのみ発火する微細な仕掛け。『Gen』はその両面を同居させる。耳ざわりを甘くし過ぎず、難度を誇示し過ぎない。
ポップは“やさしさ”でありながら“設計”でもある――この二律背反を、星野は歌とビートのレイアウトで解きほぐしていく。批判の射程を見据えつつ、作品の内部から答えるやり方だ。
“批判耐性”こそポップの強度
星野源の言葉は、意味を担保しながら“拍”にも奉仕する。子音の鋭さ、母音の伸び、休符の置き方――それらがリズムアレンジと相互作用して、歌がトラックの一部品として躍動する。比喩や観念語を用いながらも湿度を上げ過ぎず、冷静さを保つ語り口は、散文的にも詩的にも傾き過ぎない中庸の美学だ。
大きく届く歌ほど、等身大の好悪や誤読にさらされる。だが批判への耐性は、作品の質そのものからしか獲得されない。『Gen』の強度は、耳に優しい表層ではなく、構造の粘りに宿る。
たとえば、低域の配置とハイハットの間引き、合いの手の声色や残響の長短――細部への配慮が反射的な拒否反応を“遅らせ”、聴き手に再試行させる。リスナーが“もう一回聴きたい”と感じる瞬間、批判の矢は作品の内側で減衰していく。
『Gen』は、星野源が賛美と批判の往来を正面から受け止め、それでも“音楽で語る”ことを選び抜いた結果である。トラックメイキングへの転換がサウンドの骨格を刷新し、国際的なコラボが文脈を開き、曲順の叙事詩が作品を一つの体験へと束ねる。
大衆性と実験性、公共性と私性――相反して見えるものを同一面上で調停するこのアルバムは、ポップの定義を一段押し広げる。タイトルが示すとおり、“源”からはまだ湧き続ける。耳のすぐそばで、そして時に、心の少し奥で。
- アーティスト/星野源
- 発売年/2025年
- レーベル/ビクターエンタテインメント
- 創造
- Mad Hope (feat. ルイス・コール、サム・ゲンデル、サム・ウィルクス)
- Star
- Glitch
- 喜劇
- 2(feat. イ・ヨンジ)
- Melody
- 不思議
- Memories (feat. UMI、カミーロ)
- 暗闇
- Why
- 生命体
- Eden (feat. コーデー、DJ・ジャジー・ジェフ)
- Sayonara
- 異世界混合大舞踏会
- Eureka

