『GREY Area』──Little Simzが描く“曖昧さ”という名の強さ
『GREY Area』(2019年)は、イギリス出身のラッパー、リトル・シムズ(Little Simz)が20代後半の不確かさをテーマに制作したアルバム。自信と不安、攻撃性と繊細さが交錯する彼女の心情を、鋭いリリックと凝縮されたビートで刻む。プロデューサーInfloが手がけるジャズ、ソウル、パンクの要素が有機的に融合し、Simzの声を中心に据えた躍動感あるサウンドが展開される。
その当時、自分は非常に混乱した心境にあって、すべてが“奇妙な領域”にあるように感じていた
二極化できるものではなく、全てがグレーだった
「GREY Area」(2019年)というタイトルを選んだ理由をきかれたリトル・シムズは、こんなコメントをしている。
グレー・エリアとは、20代後半に差しかかった彼女自身の人生の曖昧さ、不確かさを映し出したものなのだろう。自信と不安、攻撃性と繊細さ、愛と孤独。その揺れ動く心境を、鋭いリリックと凝縮されたビートで刻みつけている。
全10曲・約35分というコンパクトな構成は、次作『Sometimes I Might Be Introvert』(2021年)の壮大さに比べるとスケールは小さい。だがその分、感情のダイレクトさと切れ味が際立つ。盟友Infloの手によって、ジャジーな質感、荒削りなベースライン、ソウルやパンク的エネルギーを織り交ぜながら、シムズの声を主役として押し出すプロダクションが展開されている。
オープニングの「Offence」から、挑発的で自信に満ちたフロウが炸裂。ここで彼女は、自らが“女性”であること、“黒人”であることを不利としない。むしろ逆手にとって力強く提示し、ヒップホップ・シーンにおける自らの立ち位置を明確にする。
続く「Boss」では、攻撃的なビートに乗せて“自分が支配者である” という強烈な宣言を放ち、アルバムのモードを決定づける。M-3「Selfish」は荒々しいスタイルから一転し、Cleo Solをゲスト・ヴォーカルに迎えて、ジャジーで温かいトーンに。Selfish(わがまま/利己的)はネガティブな意味ではなく、自分を大切にする権利を肯定する言葉として使われる。
M-5「Venom」は本作のハイライトのひとつだろう。ダークで緊張感のあるストリングスとビートにのせ、女性であるがゆえの差別や暴力、社会的圧力に対する怒りを噴出させる。ここでの彼女のラップは、静から動へと緩急をつけながら、聴く者を圧倒するほどの切迫感を放つ。
個人的にお気に入りなのが、M-6「101 FM」。UKガラージの要素を取り入れ、ラジオから流れる音楽とともに育った彼女の原点を映し出した一曲だ。シムズの青春時代をユーモラスに綴りながらも、そこにはコミュニティや文化的背景が立ち現れている。
ラストを飾るのは、マイケル・キワヌカが参加した「Flowers」。葬儀や追悼のメタファーとしての“花”を用いて、彼女は早逝する若い才能や、刹那的に消えていく命を悼むように歌う。
とはいえ、単なる追悼ではない。リリックには、「自分自身もまた、同じように不確かで短い人生を歩んでいる」という自己投影が滲んでいる。「自分の人生がどこへ向かっているか分からない」というアルバム全体の主題を、この曲は有限の人生=死の意識へと帰着させていく。
花は咲いた瞬間に最も美しいが、やがて枯れてしまう。この二重性は、人生そのもの、あるいは芸術家としてのキャリアにも重ね合わせらる。シムズはグレーエリアとしての生を肯定しつつ、その先にある死を静かに見つめているのだ(20代という若さで!)。そしてマイケル・キワヌカの声は追悼の場に流れるゴスペルのように響き、死を歌うリリックに柔らかさを与えている。
『GREY Area』は、リトル・シムズが自己の内面を鋭く切り出し、ラッパーとしての強度を最もダイレクトに示したアルバムだ。そのリリックには、グレーに揺れる人生の真っ只中で、アーティストとしての確固たる輪郭が描き出されている。
- アーティスト/リトル・シムズ
- 発売年/2019年
- レーベル/AWAL
- Offence
- Boss
- Selfish (feat. クレオ・ソル)
- Wounds (feat. Chronixx)
- Venom
- 101 FM
- Pressure (feat. リトル・ドラゴン)
- Therapy
- Sherbet Sunset
- Flowers (feat. マイケル・キワヌカ)

