風立ちぬ/宮崎駿

いびつで奇妙すぎる構造を有した、透明性のある映画

宮崎駿は、能弁な映画作家だ。

彼の政治的信条は、『紅の豚』(1992年)のポルコ・ロッソに仮託され、地球にとって“害虫”かもしれないニンゲンという存在をどう肯定するかは、『風の谷のナウシカ』(1984年)のナウシカや、『もののけ姫』(1997年)のアシタカのセリフによって表明されてきた。

その熱量たるや、壇上から拳を握りしめて熱弁をふるう大先生のツバが、客席にまでふりかかってきそうな程である。この説教臭さが、宮崎アニメならではの生理的快感を上回ってしまったあたりから、僕のジブリ離れは加速的に進んでしまったのだ。

内包するテーマを大上段から語ってしまった映画といえば、やはり『もののけ姫』だろう。宮崎駿は今作で、この世界が抱える矛盾と己が抱える苦悩をあらいざらいブチまけ、その混沌の中にあっても「生きろ」という、いささか倒錯的な想いをスパークさせた。

だが15年の時が過ぎ、齢70を越えた宮崎駿の新作『風立ちぬ』(2013年)には、そんな説教臭さはナッシング。『もののけ姫』と同時期に公開された『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(2013年)で、「だからみんな、死んでしまえばいいのに」と、「生きろ」とは真逆のメッセージを言い放った庵野秀明を主役に据え、決して多くを語らない静謐な映画を作りあげてしまったのだ。

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『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(庵野秀明)

映画は、主人公・堀越二郎の夢から始まる。朝日を浴びた小型飛行機が、美しい田園地帯を渡り鳥のように駆け抜けていく。モノローグもなければ、セリフもない。ただ、空を飛ぶという運動的快感があるのみ!このオープニングだけで、僕はこの映画が傑作であることを(勝手に)確信いたしました。

プロデューサーの鈴木敏夫は、「戦闘機が大好きで、戦争が大嫌い。宮崎駿は矛盾の人である」と喝破する。それはまるで、平和主義を唱えながら原子爆弾の製造に加担してしまい、生涯もがき苦しんだアルバート・アインシュタインのごとし。

しかし『風立ちぬ』には、その“もがき”がない。ゼロ戦を設計したことで多くの人間を死に追いやった苦しみも哀しみも、(少なくとも表面的には)描かれない。

庵野秀明が発する独特の声と台詞回しが、主人公の内面に観客をアクセスさせてくれないので、彼の煩悶や憐憫すら感じ取りにくい構造になっているんである。

これは劇的な作風の変化といえるだろう。興味深いのは、堀越二郎がメガネ男子ゆえに“4つの眼を持つ男”として描かれる奇妙な作画。つまり、この世界をより俯瞰した神の視点で見ている、ということだ。

人間の業ゆえに、バタバタともがき苦しむ姿なんぞ、微塵もみせない、解脱したかのような達観キャラ。おまけに育ちのいいボンボンで、正義感の強い快男児ときている。

まさにアニメ史上最強のメガネ男子!この特異な主人公ゆえに、『風立ちぬ』には過去のフィルモグラフィーとはまるで異なるテイストを醸し出しているんである。

お話自体もドラマティックな高揚がある訳でもなく、落ち着きのある抑制された筆致。むしろ意識的にカタルシスを回避した作りといえるだろう。

名機と謳われたゼロ線開発者であるにも関わらず、描かれるのは失敗の連続。ようやくテスト飛行が成功したときに、愛する女性=里見菜穂子は手の届く場所にはいない。この映画ではエモーションが沸点に達するような、溜飲を下げるシーンは用意されていないのだ。

この映画の骨格は基本的にラブストーリーと言うべきなんだろうが、恋愛のプロセスさえ「まどろっこしいわ!!」とばかりに徹底排除。

『未来少年コナン』(1978年)のコナンとラナがそうであったように、もしくは『天空の城ラピュタ』のパズーとシータがそうであったように、宮崎映画アニメでは“一目会った瞬間から恋に落ちている”ことが鉄則。一般ピーポーには唐突すぎるプロポーズのシーンも、宮崎駿にはしごく自然な流れなのだろう。

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『未来少年コナン』(宮崎駿)

宮崎駿自身による『風立ちぬ』の企画書の冒頭には、「飛行機は美しい夢」という一文がある。それが戦闘機であるにも関わらず、そう言い切ってしまえる精神的境地。

アインシュタイン的葛藤から解き放たれた、少年のように一途な想いが、映画の中できらきらと美しく輝いている。『風立ちぬ』は、いびつで奇妙すぎる構造を有しているが、宮崎駿のフィルモグラフィーのなかで最も透明性のある映画だ。

かつて大上段から『生きろ』と言い放った映画作家は、老境に差し掛かって『生きねば』と優しく問いかけるようになったんである。

DATA
  • 製作年/2013年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/126分
STAFF
  • 監督/宮崎駿
  • 脚本/宮崎駿
  • 原作/宮崎駿
  • プロデューサー/鈴木敏夫
  • 製作/奥田誠治、福山亮一、藤巻直哉
  • 作画監督/高坂希太郎
  • 動画検査/舘野仁美
  • 美術監督/武重洋二
  • 色彩設計/保田道世
  • 音楽/ 久石譲
CAST
  • 庵野秀明
  • 瀧本美織
  • 西島秀俊
  • 西村雅彦
  • スティーヴン・アルパート
  • 風間杜夫
  • 竹下景子
  • 志田未来
  • 國村隼
  • 大竹しのぶ
  • 野村萬斎

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