2019/12/16

No Geography/ケミカル・ブラザーズ

90年代の熱気を2019年に蘇らせた、レイヴ精神のリブート

2010年代後半のダンス・ミュージックは、EDMブームの終息とともに多様化の局面を迎えていた。フェス向けのビッグルーム・サウンドは衰退し、逆にテクノやハウスのオーセンティックな形態、あるいはジャズや実験音楽との融合が注目されていたのである。

そんな中で、90年代から続くUKの大御所――プロディジー、アンダーワールド、そしてケミカル・ブラザーズが次々にアルバムをリリースしていたのは偶然ではない。シーンの変化に呼応するように、各アクトが「いま何を鳴らすべきか」を提示したのだ。

だがそのスタイルは三者三様。プロディジーは『No Tourists』(2018年)であいも変わらずアドレナリン大爆発系攻撃的スタイルを示し、アンダーワールドは『Drift Series 1』(2019年)で長期的な実験の末に“変容する自分たち”を示した。

Drift Series 1
『Drift Series 1』(Underworld)

だがケミカル・ブラザーズは、スタイル貫徹型でもなければ変容型でもない。通算9作目となる『No Geography』(2019年)は、古いサンプラーやリズムマシンを倉庫から掘り起こし、即興的かつ直感的なプロセスで楽曲を構築していったという。

まるでデビュー当時に戻ったかのような荒削りな勢いを宿しつつ、音圧やミキシングは2019年の水準で仕上げられている。結果として、過去と現在をブリッジする「原点回帰のアルバム」でありながら、同時に“未来のレイヴ”を提示する作品となった。プロディジーとアンダーワールドの中間的なアティチュードなのである。

だからこのアルバムは、単なる90年代的回顧的なベテランの新作ではない。フロア直撃型でありつつ、その時代の熱気を現代の感性で再解釈した、若いリスナーにも訴えるサウンド・プロダクションが構築されている。ガーディアンが「90年代のレイヴ精神を2019年の文脈で蘇らせたアルバム」と評したのは、まさしくその通りだろう。

このアルバム、とにかく踊れる。問答無用に腰がクネる。SSWのAuroraとラッパーNeneを迎えたオープニング・トラック「Eve of Destruction」から、重低音のブレイクビーツに切れ味鋭いシンセが重なる攻撃的なナンバー。初っ端から戦闘態勢を宣言する。

ローランドTB-303のアシッド・ベースが蠢き、断片化された声のサンプルが反復する「Bango」や、過激なアシッド・サウンドの「MAH」なんて、モロに90年代レイヴなトラック。「Got to Keep On」も強烈なダンスアンセムだ。

もちろん、RIZAPのCMみたいなイントロの「Gravity Drops」や、アンビエント風小品の「Catching Me Up」など、肩の抜けたバリエーションもあったりして、大御所の余裕が感じられる。

『No Geography』は、グラミー賞の最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞を受賞。90年代UKレイヴのルーツを鮮烈に更新した本作は、新旧リスナーを繋ぐ役割を果たした。四半世紀にわたりエレクトロニック・ダンス・ミュージックの最前線に立ち続ける彼らが、なおフレッシュであり続けている理由は、ここにある。

DATA
  • アーティスト/ケミカル・ブラザーズ
  • 発売年/2019年
  • レーベル/Virgin
PLAY LIST
  1. Eve of Destruction (feat. Aurora & Nene)
  2. Bango
  3. No Geography
  4. Got to Keep On
  5. Gravity Drops
  6. The Universe Sent Me (feat. Aurora)
  7. We’ve Got to Try
  8. Free Yourself
  9. MAH
  10. Catching Me Up
  11. Goodbye