90年代の熱気を2019年に蘇らせた、レイヴ精神のリブート
2010年代後半のダンス・ミュージックは、EDMブームの終息とともに多様化の局面を迎えていた。フェス向けのビッグルーム・サウンドは衰退し、逆にテクノやハウスのオーセンティックな形態、あるいはジャズや実験音楽との融合が注目されていたのである。
そんな中で、90年代から続くUKの大御所――プロディジー、アンダーワールド、そしてケミカル・ブラザーズが次々にアルバムをリリースしていたのは偶然ではない。シーンの変化に呼応するように、各アクトが「いま何を鳴らすべきか」を提示したのだ。
だがそのスタイルは三者三様。プロディジーは『No Tourists』(2018年)であいも変わらずアドレナリン大爆発系攻撃的スタイルを示し、アンダーワールドは『Drift Series 1』(2019年)で長期的な実験の末に“変容する自分たち”を示した。
だがケミカル・ブラザーズは、スタイル貫徹型でもなければ変容型でもない。通算9作目となる『No Geography』(2019年)は、古いサンプラーやリズムマシンを倉庫から掘り起こし、即興的かつ直感的なプロセスで楽曲を構築していったという。
まるでデビュー当時に戻ったかのような荒削りな勢いを宿しつつ、音圧やミキシングは2019年の水準で仕上げられている。結果として、過去と現在をブリッジする「原点回帰のアルバム」でありながら、同時に“未来のレイヴ”を提示する作品となった。プロディジーとアンダーワールドの中間的なアティチュードなのである。
だからこのアルバムは、単なる90年代的回顧的なベテランの新作ではない。フロア直撃型でありつつ、その時代の熱気を現代の感性で再解釈した、若いリスナーにも訴えるサウンド・プロダクションが構築されている。ガーディアンが「90年代のレイヴ精神を2019年の文脈で蘇らせたアルバム」と評したのは、まさしくその通りだろう。
このアルバム、とにかく踊れる。問答無用に腰がクネる。SSWのAuroraとラッパーNeneを迎えたオープニング・トラック「Eve of Destruction」から、重低音のブレイクビーツに切れ味鋭いシンセが重なる攻撃的なナンバー。初っ端から戦闘態勢を宣言する。
ローランドTB-303のアシッド・ベースが蠢き、断片化された声のサンプルが反復する「Bango」や、過激なアシッド・サウンドの「MAH」なんて、モロに90年代レイヴなトラック。「Got to Keep On」も強烈なダンスアンセムだ。
もちろん、RIZAPのCMみたいなイントロの「Gravity Drops」や、アンビエント風小品の「Catching Me Up」など、肩の抜けたバリエーションもあったりして、大御所の余裕が感じられる。
『No Geography』は、グラミー賞の最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞を受賞。90年代UKレイヴのルーツを鮮烈に更新した本作は、新旧リスナーを繋ぐ役割を果たした。四半世紀にわたりエレクトロニック・ダンス・ミュージックの最前線に立ち続ける彼らが、なおフレッシュであり続けている理由は、ここにある。
- アーティスト/ケミカル・ブラザーズ
- 発売年/2019年
- レーベル/Virgin
- Eve of Destruction (feat. Aurora & Nene)
- Bango
- No Geography
- Got to Keep On
- Gravity Drops
- The Universe Sent Me (feat. Aurora)
- We’ve Got to Try
- Free Yourself
- MAH
- Catching Me Up
- Goodbye

