『Play』(1999年/モービー)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Play』(1999年)は、モービー(Moby)が発表したアルバム。アラン・ロマックスが録音した古いブルースやゴスペルのサンプリングと、静謐なアンビエントや軽快なテクノ・ビートが柔らかく溶け合い、ノスタルジックな哀愁と現代的なエレクトロニクスの洗練が自然に共存する。デジタルなテクノロジーを駆使しながらも、そこに宿る「人間の情動」を浮き彫りにした。かつてはサブカルチャーだったテクノやハウスを、普遍的なポップ・ミュージックへと昇華させた功績は極めて大きい。過去の遺産を未来へと繋ぎ、音楽における精神性と機能性を高次元で共存させた、90年代を象徴する極めて重要な一枚。
- 1999年Pitchfork:年間ベストアルバム第41位
- 1999年Rolling Stone:年間ベストアルバム第2位
- 1999年NME:年間ベストアルバム第4位
- 2000年ミュージック・マガジン:年間ベスト・アルバム ロック[海外]部門 第4位
ツイン・ピークスの記憶と、至高のアンビエント
初めてモービーの初期の代表曲「Go」(1991年)を聴いた時、「これって、思いっきりツイン・ピークスのパクリじゃねえか!」と、僕は烈火のごとく憤ったものだ。
その後で、まさしくデヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』(1990年)のテーマ曲を見事にサンプリングした正当なトラックだと知って、一人で勝手に赤面した。マジごめん、モービー。
以降、ゴリゴリのハードコア・テクノは個人的に少し苦手だったこともあり、彼の動向を特に熱心に追ってはいなかった。だが、彼という存在を改めて強烈に意識しだしたのが、歴史的な大ヒットを記録したアルバム『Play』(1999年)からだ。
捨て曲なしの名曲揃いだが、特に必聴なのは「Porcelain」だろう。映画自体はオスカー級のつまらなさだったレオナルド・ディカプリオ主演の『ザ・ビーチ』(2000年)のサントラにも収められているこの曲は、まさに至高のアンビエントだ。
深海から、月の光を浴びてキラキラと輝く水面を静かに見上げているかのような、息を呑むほどの美しさがある。『ザ・ビーチ』は、デジタル世代の若者が都市生活では絶対に味わえないヒューマンな感覚を求めて、アジアの秘密の楽園を目指すという物語だったが、モービーの鳴らす音像は、そのテーマと見事なまでに合致していた。
作家ハーマン・メルヴィルの血と、サンプリングの錬金術
彼の音楽は、排他的なまでに整合性が重要視されるような、冷たくて無機質系なテクノとは全く違う。凶暴なまでに剥き出しな野生を、極めて高いインテリジェンスでまとめあげた音楽なのだ。
クラブミュージック、アンビエント、ヒップホップ、そして古いブルースやゴスペルの歌声。ありとあらゆる音楽の断片を、極上の口当たりのいいカクテルに処方してしまうスキンヘッドの天才バーテンダー。それが1965年アメリカ生まれのモービーだ。
ちなみに、彼について「作家モービー・ディックの遠い親戚」と紹介されることが時折あるが、これはよくある勘違いだ。『白鯨』(1851年)は小説のタイトルであり、登場する有名な白いマッコウクジラの名前。
それを書いたのは作家ハーマン・メルヴィルである。モービー(本名リチャード・メルヴィル・ホール)は、その偉大な作家の遠い親戚にあたり、アーティストネームもそこにちなんで名付けられたというのが正しい歴史だ。
アルバム『18』(2002年)のジャケットなんかを見ると、どこにでもいる気のいいアンちゃんにしか見えないが、実は彼は敬虔なクリスチャンであり、厳格な菜食主義者でもある。
さらに動物の権利保護など、様々な社会問題にも鋭く切り込む論客としての顔も持っている。彼が編み出す音楽に、どこかスピリチュアルで神々しい響きがあるのは、こうした確固たる思想的なバックボーンがあるためだろう。
素人ポルノへの愛と、エミネムとの舌戦
と、ここまで書けば、さぞかし温厚篤実で潔癖な聖人君子のような人物像を想像してしまうが、実際の彼はもっと人間臭くて面白い。あるインタビューでは、こんなエロ発言を堂々と炸裂させている。
「僕はインターネットでポルノ・サイトを見て数時間過ごす。ポルノ・サイトに興味が無いと言う人は信じられないね。一番興味あるのは素人モノのポルノさ」
キリスト教徒でヴィーガンなのに、趣味は素人ポルノ鑑賞。この絶妙な俗っぽさのバランス感覚がたまらない。
さらに彼は、ヒップホップ界の帝王エミネムのことを「彼は人種差別主義者であり、女性嫌いで、好ましくない人間」とケチョンケチョンに評して、正面からケンカをふっかけたこともある(当然、エミネムからは楽曲の中で猛烈なディスで反撃されることになった)。そのストイックな素顔は、意外にお茶目で好戦的だ。頭の回転が速いだけに、絶対に敵には回したくないタイプである。
「We Are All Made of Stars」といったキャッチーな楽曲がテレビCMなどに使われたりして、日本でもすっかりお茶の間レベルの認知度を獲得したモービー。
『ザ・ビーチ』で若きディカプリオが狂気の世界の果てに楽園を求めたように、彼もまた、サンプリングという魔法の音楽を通して、ずっと心のなかの楽園を求めているのだ。モービーが奏でる美しくもいびつなユートピアに、僕たちもそっと旅立ってみよう。
- 1. Honey
- 2. Find My Baby
- 3. Porcelain
- 4. Why Does My Heart Feel So Bad?
- 5. South Side
- 6. Rushing
- 7. Bodyrock
- 8. Natural Blues
- 9. Machete
- 10. 7
- 11. Run On
- 12. Down Slow
- 13. If Things Were Perfect
- 14. Everloving
- 15. Inside
- 16. Guitar Flute and String
- 17. Sky Is Broken
- 18. My Weakness
- Play(1999年)
![Play/モービー[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/5107XD8268L-e1707468205162.jpg)