『Tiger, My Friend』(2004年/Psapp)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Tiger, My Friend』(2004年)は、ガリア・デュランとカリーム・クラスマンによるユニット、Psapp(サップ)が発表した記念すべき1枚目のアルバム。独創的なトイ・ポップの旗手として、その名を世界に知らしめた。トイピアノや教育用の楽器、さらには生活雑貨から発せられる「ガラクタ」のような音響素材を大胆に導入。これらの無邪気な響きが、ガリアの透明感あふれる歌声と緻密なエレクトロニカの理知に溶け合い、手作り感のある素朴さと洗練された構成美を同時に成立させている。フォークトロニカの文脈にありながら、単なる実験音楽に留まらないインディー・ポップとしての親しみやすさが、全編を通して親密な温度感を生み出した。
SKETCH SHOWのリミックスから発見した、特異なポップ・センス
カリム・クラスマンとガリア・デュラントによる、イギリス産のエレクトロニカ・デュオ、Psapp(プサップではなく「サップ」と発音する)。
僕が彼らの特異な存在を知ったのは、細野晴臣と高橋幸宏によるユニット、SKETCH SHOWのリミックス・アルバム『sketches & notations -SKETCH SHOW REMIXES-』(2004年)で、彼らが「ATTENTION TOKYO」のリミックスを手がけていたことがきっかけ。
元来クールでメタリックな手触りを持っていた原曲を、アナログで丸みのある柔らかなトイトロニカのフォームへと大胆に解体し、再構築してみせた彼らの卓越したセンスに、僕は強い好感と興味を抱いたのだ(のちに知ったことだが、カリム・クラスマンはもともと腕利きのレコーディング・エンジニアとしてキャリアを積んだ人物である)。
おもちゃ箱の混沌
その流れで手に取った彼らのファースト・アルバム『Tiger, My Friend』(2004年)は、見事なまでにリスナーの快感中枢を刺激する傑作だった。
トイギターや壊れたおもちゃのノイズ、オルゴール、そしてチープなオルガンなどで奏でられるアナログなトイポップ・サウンド。そこに、無重力のような浮遊感を持つ電子音が極めて巧妙に織り交ぜられている。
しかし、ただ耳触りが良いだけの無害な音楽ではない。深く耳をそばだてて聴き込んでみれば、収録された楽曲の多くが複雑な変拍子で構成され、実は非常に難解で入り組んだグルーヴを持っていることに気づかされる。
彼らはその前衛音楽的な構造を、決して小難しく表出することはない。まるでおとぎ話から抜け出してきたかのような、極めてノスタルジックでキュートなテクスチャーで、その複雑さをすっぽりと覆い隠しているのだ。
それでいて、ムームやロイクソップなどに代表される北欧エレクトロニカ特有のクールな質感もしっかりとキープ。それはまるで、ステレオラブがマウス・オン・マーズと劇的な邂逅を果たしたかのような、唯一無二の仕上がり。
同時代の系譜としては、ラリ・プナやミス・ジョン・ソーダといったアーティストに近い感触を持っているかもしれない。
ベビールームから放たれる、愛すべき狂気とユーモア
実はカリムとガリアは、共に子供をもうけている実質上の夫婦(パートナー)でもある。
彼らが自宅のベビールームをプライベートなスタジオに改造し、日々の生活のなかでこの緻密なアルバムを創り上げたというエピソードを聞けば、この音楽がこれほどまでにチャイルディッシュで箱庭的な音像を持っていることにも、深く納得がいくはず。
ここまでのテキストだけを読めば、いかにも陽だまりのなかでのどかにスローライフを満喫している、オーガニックで平和なカップルを想像するかもしれない。しかし、英語版Wikipediaの彼らの項には、次のような興味深い一文が記されていた。
Psapp are known for their humour on stage, throwing cats (hand-made by the band) into the audience.
(ハンドメイドの猫を観客に向かって投げつけるなど、彼らのステージはユーモアがあることで知られている)
おもちゃの楽器をかき鳴らしながら、手作りの猫のぬいぐるみを客席に向かって次々と投げつけるライブ・パフォーマンス。穏やかな日常のすぐ隣に、シニカルなユーモアとほんの少しのバイオレンスを隠し持っている。
それこそが、Psappというデュオの底知れぬ魅力なのかも。
- 1. Northdown Flat B1
- 2. Rear Moth
- 3. Leaving In Coffins
- 4. Calm Down
- 5. Velvet Pony
- 6. About Fun
- 7. Curuncula
- 8. King Kong
- 9. The Counter
- 10. Chapter
- 11. Tiger, My Friend
- Tiger, My Friend(2004年)
- The Camel's Back(2008年)
![Tiger, My Friend/Psapp[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/614uR5Y6ywL._AC_-e1707390691561.jpg)