『A Seat at the Table』(2016年/ソランジュ)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『A Seat at the Table』(2016年)は、ソランジュが発表した3作目のアルバムであり、ラファエル・サディークやクエストラブらを共同プロデューサーに迎えて制作された。洗練されたネオソウルのビートと柔らかなコーラスワークが溶け合い、個人的な痛みと社会的なメッセージが自然に共存する。「Cranes in the Sky」「Don’t Touch My Hair」「F.U.B.U.」などの楽曲が収録され、オーガニックな質感の中に静かな怒りと深い癒やしが漂う。黒人女性としてのアイデンティティと向き合い、現代のR&Bシーンにおいて新しいサウンド領域を切り開いた一枚である。
ビヨンセの覚醒と、妹ソランジュの静かなる逆襲
デスティニーズ・チャイルドの時代から現在に至るまで、ビヨンセは完全無欠なスーパースターとして絶対的なポピュラリティーを獲得してきた。
だが、6thアルバムとなる『Lemonade』(2016年)において、彼女はトレンドセッターとしての先鋭的なサウンドを明確に鳴らし始める。ザ・ウィークエンド、ジャック・ホワイト、ジェイムス・ブレイク、ケンドリック・ラマーといったイケてる才能を惜しげもなく召喚し、自らが絶対的クイーンであることを世界に見せつけたのだ。
さらにこのアルバムは、Black Lives Matterのムーヴメントに呼応し、黒人女性としての誇りを高らかに歌い上げた強烈なプロテスト・ミュージックでもあった。ビヨンセはもはやディーヴァの枠を超え、ポリティカルなメッセージを叩きつける闘士へと変貌を遂げたのだ。
同年2月に開催された第50回スーパーボウルのハーフタイムショーで、ブラックパンサー党を彷彿とさせる黒いベレー帽とレザージャケット姿で新曲「Formation」をパフォーマンスした凄まじい熱量は、今でも鮮烈な記憶として刻まれている!
しかし、その歴史的な熱狂のすぐ裏側で、同じ2016年にとんでもない名盤が産声を上げていた。それがビヨンセの妹、ソランジュによる3rdアルバム『A Seat at the Table』(2016年)である。
圧倒的な知名度とカリスマ性を誇る姉と比べ、ソランジュは常にビヨンセの妹という日陰の存在として扱われがち。初期にはティンバーランド系のキャッチーなファンクを歌っていたものの、批評的にも興行的にも姉と同列で語られることはなかった。
だが、このアルバムは違う。『Lemonade』の影に隠れるどころか、その内容は姉のメガヒット作をも凌駕するほどの歴史的傑作なのだ(断言)!
Pitchforkが発表した年間ベスト・アルバムにおいて、見事このアルバムは堂々の1位に(ビヨンセは3位)。2010年代のR&Bシーンに与えた衝撃を鑑みれば、断然妹のソランジュ推しで大正解なのである。
ラファエル・サーディクと極めるネオソウル
共同プロデューサーを務めたのは、天才ラファエル・サーディク。若くしてその圧倒的な才能をプリンスに認められ、メイシー・グレイ、ディアンジェロ、ザ・ルーツ、スヌープ・ドッグといった錚々たるブラック・ミュージックの巨人たちに楽曲を提供してきた、現代R&B界の最重要人物の一人だ。
彼とソランジュが本作で目指したサウンド・プロダクションは、とにかく内省的。ネオソウルの歴史的な文脈にしっかりと則りながらも、そこに先鋭的なエレクトロ・ミュージックの冷たい質感や、スムーズ・ジャズの豊潤なスパイスを絶妙なバランスでブレンドしている。
特筆すべきは、ベースラインの存在感だ。生楽器の温かみとシンセベースの冷徹なボトムが、複雑なリズムパターンの上でダンスを踊る。そこに、かつてのソウル・ミュージックが持っていた豊潤なメロディではなく、あえて断片的なピアノのコードや、浮遊感のあるシンセサイザーを薄くレイヤーすることで、現代的なエレクトロニカにも通じる音の余白を生み出している。
このアプローチは、姉ビヨンセの『Lemonade』(2016年)とは完全に対照的。ビヨンセが豪華な客演と幾重にも重ねられた重厚なサウンドでマキシマリズムを体現したのに対し、ソランジュが貫いたのはミニマリズム。極限まで音数を減らし、聴き手の想像力が入り込む隙間を残すことで、リスナーを内省的な思考の旅へと誘う。
ヴォーカリゼーションにおいても、ソランジュは新しい領域を切り拓いた。アリーナの最後列まで届かせるようなパワフルな唱法を封印し、まるで耳元で囁くようなウィスパー・ボイスを多用。自らの声をひとつの楽器、あるいはテクスチャーとして扱い、コーラスワークによって万華鏡のような色彩を楽曲に添えている。
特に「Cranes in the Sky」における、高音域をたゆたう繊細なラインは、抑圧された感情が空へと溶け出していくような解放感を演出。この静かなるダイナミズムこそが、本作を単なるリラックス・ミュージックではなく、一級のアート・ピースへと昇華させた要因だろう。
血と歴史を巡る私小説的プロテスト
ソランジュは制作にあたり、自身のルーツと深く向き合うための重要な旅に出た。彼女はレコーディングの拠点として、ルイジアナ州ニューイベリアの静かな町を選んだのだ。
この地は、彼女の祖父母が暮らし、両親が出会ったという非常にパーソナルでな場所。彼らはやがて都会へと出るものの、激しい人種差別の波に晒され、再びこの南部へと戻ってきたという過酷な歴史を持っている。
ソランジュはこのアルバムの中で、自らの家族が経験した個人的な痛みのルーツを、黒人たちがアメリカという国で長年味わってきた果てしない苦闘の歴史と静かに重ね合わせている。
アルバムのタイトル『A Seat at the Table(テーブルの席)』が意味するのは、「私たちにも対等の席(権利)を与えてほしい」という黒人としての強烈な主張であると同時に、家族や同胞たちと共に食卓を囲み、傷を癒やし合うための極めて親密な空間の提示でもある。
『A Seat at the Table』は、『Lemonade』と同じく、時代に呼応したプロテスト・ソングとしての意匠を間違いなくまとっている。だが、姉がスタジアムのステージからメガホンで世界を鼓舞したのに対し、妹は自らのルーツであるニューイベリアの小さなテーブルから、血の通った私小説として、静かに、しかし絶対に折れない誇りを歌い上げた。
このパーソナルで親密な想いが込められているからこそ、本作は政治的なメッセージを超え、あらゆるリスナーの魂の奥底に触れる普遍的なマスターピースとなったのである。
- アーティスト/ソランジュ
- 発売年/2016
- レーベル/セイント・レコーズ、コロムビア・レコード
- ジャンル/R&B、ネオソウル
- プロデューサー/ソランジュ、ラファエル・サディーク、クエストラブ、サムファ
- 1. Rise
- 2. Weary
- 3. Glory Is in You, The (Interlude) (feat. マスター・P)
- 4. Cranes in the Sky
- 5. Dad Was Mad (Interlude) (feat. マシュー・ノウルズ)
- 6. Mad
- 7. Don't You Wait
- 8. Tina Taught Me (Interlude)(feat. ティナ・ノウルズ)
- 9. Don't Touch My Hair(feat. サムファ)
- 10. This Moment (Interlude) (feat. デヴ・ハインズ,サムファ,マスター・P,ケルシー・ルー)
- 11. Where Do We Go
- 12. For Us by Us (Interlude)(feat. マスター・P)
- 13. F.U.B.U.(feat. ザ・ドリーム,BJ・ザ・シカゴ・キッド)
- 14. Borderline (An Ode to Self Care)
- 15. Got So Much Magic, You Can Have It (Interlude)(feat. ニア・アンドリュース,ケリー・ローランド)
- 16. Junie
- 17. No Limits (Interlude) (feat. マスター・P)
- 18. Don't Wish Me Well
- 19. Pedestals (Interlude)
- 20. Scales(feat. ケレラ)
- 21. Closing: The Chosen Ones
- A Seat at the Table(2016年/セイント・レコーズ、コロムビア・レコード)
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