究極の方程式を求めて音楽を数学に還元化し、神の膝元まで辿り着いたかのような作品
ジョン・コルトレーンはもちろん稀代のサックス・プレイヤーに違いないのだが、マイルス・デイビスとかチャーリー・パーカーみたいな天才肌のミュージシャンではなく、少なくとも僕には「生真面目すぎるくらいにモダンジャズ道を邁進した求道者」というイメージが強い。
理詰めでジャズの階段を一歩一歩上っていった結果、誰にも追いついて来れない異次元に飛び出しちゃったみたいな。
とにかく彼はストイックなのだ。サックスの猛練習に励んでいた彼に向かって、バンド仲間が「なぜそこまでして練習するんだ?君はもう十分に素晴らしい音を出しているのに」と聞くと、「あなたにはそう聴こえるかもしれないが、あなたは私ではない」などと、生真面目なんだか失敬なんだか分からないような返答をしたという逸話もあるぐらいである。
そんなジョン・コルトレーンの『A Love Supreme』(1964年)を聴いていると、ひりひりとした緊張感が体を駆け抜ける。
コルトレーンの魔術的なサックスが鳴り響き、エルヴィン・ジョーンズのドラムが異次元の扉を開ける。しずしずとジミー・ギャリソンのベースが失われていた時間を取り戻し、マッコイ・タイナーのピアノが深淵の森奥深くへ誘う…。ジャズという音楽を崇高な次元にまで高めてしまった、これはやっぱり歴史的名盤だ。
そもそもこのアルバムが、神秘主義思想のカバラの影響を受けて製作されたというのは、ジャズ好事家の間では有名な話。’64年のコルトレーンは宗教と哲学と瞑想にのめり込み、魂の探求に邁進していた。
『A Love Supreme』には異国情緒もへったくれもなく、神との交歓そのものを音楽として抽象化したかのような、スピリチュアルな響きに満ちているのである。
何てったって曲のタイトルがすごい。「承認」、「決意」、「追求」、「賛美」。おまけにコルトレーン自身がライナーノーツに寄せた「神よ、ああ感謝いたします、神よ…」というコメントも神懸かっていて何だかすごい。
明らかにあっち側に片足入れちゃってるんだけど、まだギリギリでこちら側で踏ん張っている感じが、僕にはすごく心地いいんである。
確かに『A Love Supreme』は万人受けするアルバムではない。夜の帳が舞い降りてきたかのような、洒落たナイトライフを演出する『Ballads』(1963年)のほうが、多くのリスナーに愛される作品だと思う。
しかしこのアルバムには、コルトレーンがさらなる高みへと向かおうとする強烈な意思が込められている。究極の方程式を求めて音楽を数学に還元化し、神の膝元まで辿り着いたかのような作品、それが『A Love Supreme』なのである。
- アーティスト/John Coltrane
- 発売年/1964年
- レーベル/Impulse
- Acknowledgement
- Resolution
- Pursuance
- Psalm
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