スピルバーグの手腕がいま一つ発揮されないSFサスペンス
『マイノリティ・リポート』(2002年)は、『電気羊はアンドロイドの夢をみるか?』(1968年)で有名な、フィリップ・K・ディックの同名短編小説の映画化。
近未来のワシントンDCでは、「プレコグ」と呼ばれる予知能力者をたちが、凶悪犯罪を事前に予知して殺人を防ぐ、「犯罪予防局」なるシステムが導入されていた。
しかしある日突然、犯罪予防局の主任刑事アンダートンに未来殺人の容疑がかかる。これは罠なのか、それとも…?と、『逃亡者』(1993年)のSFバージョンともいうべきストーリーが展開する。
ヒッチコックの『海外特派員』(1940年)のオマージュを思わせる場面が挿入されているなど、典型的な巻き込まれ型サスペンス映画だが、僕は終始スピルバーグ的なものを感じることができなかった。
スピルバーグは本質的に“物語を語る監督”ではなく、“物語を視せる”監督である。『激突!』(1971年)、『ジョーズ』(1975年)、『ジュラシック・パーク』(1993年)など過去に彼がその才能をみせつけてきたのは、純粋な映画文法によるサスペンスであった。
「車においかけられる」、「サメに襲われる」、「恐竜と対決する」など、極めてシンプルなシノシプスにスピルバーグという作家は強く反応し、魔法のような演出技術を駆使して観客を虜にする。
『マイノリティ・リポート』はなまじストーリーとして完成しすぎている分、スピルバーグがその手腕を発揮する部分が剥奪されてしまったような気がしてしまうのだ。
ダイアローグごとの緩急はなく、トップギアでストーリーは高速展開。盟友ヤヌス・カミンスキーのカメラは、近未来のワシントンDCを色褪せたセピア色(デヴィッド・フィンチャーの傑作『セブン』(1995年)にも酷似している)で活写する。
本質的にクラシカルな資質を持つスピルバーグにしては、妙にパンキッシュな画面設計なのだ。クレジットを知らなかったら、僕はこの映画をトニー・スコットかキャサリン・ビグローの新作かと思ったことだろう。
『マイノリティ・リポート』が、映画として面白いのは認める。しかし、映像ではなくストーリーが牽引する映画だけに、スピルバーグらしいアソビの部分が欠如しているのが不満なのだ。
知的サスペンスは彼の領分ではない。皮膚感覚のサスペンスこそが彼の牙城であり、それ故に彼はキング・オブ・ハリウッドとして映画界に君臨しているのである。
《補足》
プレコグ役のサマンサ・モートン最高。坊主頭が、あれだけキュートな女優もなかなかいないだろう。中性的な役柄なのに、後半になるとジワジワ「母性」を感じさせるあたりはタダモノではない。
局長ラマー・バージェス役のスウェーデン俳優マックス・フォン・シドーも相変わらず渋い演技だが、『エクソシスト』(1973年)から丸30年経つのに御面相が変わっていないのは驚異。こっちの方がミステリーだ!
- 原題/Minority Report
- 製作年/2002年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/145分
- 監督/スティーヴン・スピルバーグ
- 原作/フィリップ・K・ディック
- 音楽/ジョン・ウィリアムズ
- 製作/ジェラルド・R・モーレン、ボニー・カーティス、ウォルター・F・パークス、ヤン・デ・ボン
- 製作総指揮/ゲイリー・ゴールドマン、ロナルド・シャセット
- 脚本/スコット・フランク、ジョン・コーエン
- 撮影/ヤヌス・カミンスキー
- 美術/アレックス・マクドウェル
- 編集/マイケル・カーン
- トム・クルーズ
- コリン・ファレル
- サマンサ・モートン
- マックス・フォン・シドー
- ロイス・スミス
- ピーター・ストーメア
- ティム・ブレイク・ネルソン
- スティーヴ・ハリス
- キャスリン・モリス
- マイク・バインダー
- ダニエル・ロンドン
- ドミニク・スコット・ケイ
- ニール・マクドノー
- ジェシカ・キャプショー
- パトリック・キルパトリック
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