この稿を書いているのは、世の中ワールドカップ一色に染まっている2006年6月時点なのだが、僕はいま沈痛な気持ちなのである。
暗澹たる思いに満ち満ちているのである。2敗1引き分け勝ち点1、グループ最下位で一次リーグ予選敗退。
サッカー日本代表のこの散々たる結果を、どう受け止めればいいのだろう。やっぱりジーコは日本代表に僕を選ぶべきではなかったか。代表選手発表の席で、「ヤナギィサワ、タマァダ、ルイ」と発言すべきではなかったか。
そういえば、三浦和義選手と中田英寿選手が対談で語っていたのだが、日本が世界で戦うにあたって最大の武器と成り得るのが、アジリティーであることで結論が一致していた。
アジリティーとは敏捷性、つまりスピードのこと。相手の裏をとる一瞬のスピード、動き出しの早さ。小回りのきく日本人選手の特徴を最大限に活かすべきだ、と二人は熱弁していたのである。
しかしこれはサッカーの世界に限った話ではなく、シネマの世界でも同様なのではないか?…『嫌われ松子の一生』を鑑賞後、ふと僕はそんな思いにかられたのである。
『ハリー・ポッター』や『スター・ウォーズ』といったハリウッドのビッグ・バジェット・ムービーを相手にガチで立ち向かうには、日本映画はあまりに資金力も企画力もなさすぎる。
僕らに残された施策とは、細密に描かれたCGを導入することでも、人気コミックを原作にすることでもなく、予告編なみに時間の伸縮がはかられたスピード感なのだ。
CMディレクター出身の中島哲也監督は、それまで15秒ないし30秒という時間制限のなかでドラマを生成させてきた人である。
この独特なタイム感が、どんなに裏切られても幸せを求めて全身全霊で突き進んでいく主人公・松子の破天荒なキャラクター造形と、ハイテンションなミュージカル形式というフォーマットに、ぴったりと合致した。
ワン・シークエンスに凝縮されたスピードと情報量はとにかくハンパないのだが、徹頭徹尾計算し尽くされた電通式マーケティング戦略と、虚構性に彩られたハッピー・サッドなストーリー・テリングによって、見事にエンターテインメント作品として昇華しているんである。
「映画という虚構を構築する世界のなかで、自分なりのリアルを追求してきた」と語る主演女優・中谷美紀に対し、中島哲也監督は「虚構のなかの虚構でいいんだ!」と一蹴したらしい。
うーむ、アルフレッド・ヒッチコックが大女優イングリッド・バーグマンに投げかけた、「映画は嘘でいいんだよ」を彷彿とさせる至言なり。
あまりにも悲劇的なラストシーンを例に挙げるまでもなく、虚構に自覚的な演出からリアルなエモーションが醸成され、涙腺を刺激しまくるんである。
「日常の小さなすれ違い」というような、良く言えば文学的、悪く言えば箱庭的な作品が主流となっている現在の日本映画界で、単なるハリウッドの亜流ではないエンターテインメント指向型の作品が出現したことは、まことに喜ばしい。
…ってなことを書いてたら、いま新聞で内山理名主演でTVドラマが製作されることが決まったそうな。うわー、ひたすら暗いだけの作品になりそうで怖い…。
- 製作年/2006年
- 製作国/日本
- 上映時間/130分
- 監督/中島哲也
- 脚本/中島哲也
- 原作/山田宗樹
- 撮影:阿藤正一
- 美術:桑島十和子
- 編集:小池義幸
- 振付:香瑠鼓
- 音楽:ガブリエル・ロベルト、渋谷毅
- 照明:木村太朗
- 中谷美紀
- 瑛太
- 伊勢谷友介
- 香川照之
- 市川実日子
- 黒沢あすか
- 柄本明
- 宮藤官九郎
- 谷中敦
- 劇団ひとり
- BONNIE PINK
- 武田真治
- 荒川良々
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