『ゴッドファーザー』マフィア映画を超えた家族叙事詩の誕生
『ゴッドファーザー』(1972年)は、ニューヨークを拠点とするマフィア一族コルレオーネ家の興亡を描いたドラマ。病に倒れた父ヴィトーの後を継ぎ、次男マイケルが一族を守るために裏社会へと足を踏み入れる。愛と暴力、信頼と裏切りが交錯する中、家族という絆はやがて宿命へと変わっていく。
ゴッドファーザー──マフィア映画からホームドラマへ
『ゴッドファーザー』(1972年)は、一見するとマフィア映画のジャンルに属しているが、その本質はホームドラマである。ホームドラマと言っても、『渡る世間は鬼ばかり』のような話ではない(当たり前だ)。親子の愛、兄弟の絆、夫婦の葛藤。物語を支える要素はすべて「家族」というキーワードに帰結する。
アル・パチーノ演じるマイケルは、当初はマフィア稼業を嫌い、家族から距離を置いていた。しかし父ヴィトーが銃撃され、家族の存続が脅かされると、彼は“守るため”に銃を手に取り、その暴力に取り憑かれていく。
コルレオーネ家を描いたこの作品は、監督フランシス・フォード・コッポラ自身にとっても「家族の物語」であった。妹タリア・シャイアをコニー役に、父カーマイン・コッポラを音楽に、そして娘ソフィアを洗礼シーンに出演させる。
まるで職権乱用のようにも見えるが、むしろコッポラは自身の血脈そのものを作品に刻み込むことで、虚構と現実を横断する家族叙事詩を築き上げたのだ。
制作の経緯──B級企画から金字塔へ
原作は、1969年に刊行されたマリオ・プーゾのベストセラー小説。パラマウントは映画化権を獲得したが、当初は低予算のギャング映画として処理する構想だった。
監督候補にはセルジオ・レオーネらの名が挙がったが、最終的に選ばれたのは無名に近い若手、フランシス・フォード・コッポラ。スタジオ側は「安上がりで言いなりになる監督」と高をくくっていたが、結果的にその判断が映画史を変えることになる。
コッポラはまず製作陣の意向に抵抗した。時代設定を1970年代に改変しようとする動きに真っ向から反対し、原作通り1940年代を舞台にすることを主張。彼にとって重要だったのは、当時流行していたニューシネマ的な同時代性ではなく、古典的な悲劇の格調であった。
キャスティングも難航した。スタジオはマーロン・ブランドーを「問題児」として避けたが、コッポラは彼を強硬に推し、スクリーンテストで説得に成功する。ブランドーが頬にティッシュを詰め、あの独特の声色と佇まいを見せた瞬間、誰もが“ドン・コルレオーネ”の存在を確信した。
同様に、無名に近かったアル・パチーノもコッポラの執念で起用され、静かな狂気を秘めたマイケル像を体現することになる。
なお、このあたりの経緯はドラマ『ジ・オファー / ゴッドファーザーに賭けた男』(2022年)に詳しいので、気になる方は是非。
古典的映像表現と格調
『ゴッドファーザー』を特異な存在にしているのは、徹底した古典主義である。撮影監督ゴードン・ウィリスは照明を極端に落とし、暗闇の中に人物を沈める。黒と琥珀色のトーンに満ちた映像は“プリンス・オブ・ダークネス”と呼ばれる彼の代名詞となり、裏社会の陰鬱と荘厳さを同時に描き出した。
オープニングの葬儀屋の嘆願から、カメラがゆっくりと後退していくショット。マイケルがレストランで敵を射殺する暗殺シーン。どちらも派手な技巧は排され、古典的モンタージュとリアリズムのみによって緊張を構築する。
電車が高架を通り過ぎる轟音とマイケルの心理的昂ぶりが重なる瞬間、観客はただ圧倒されるしかない。そこにあるのはオペラ的な格調であり、暴力が見世物ではなく人間ドラマの必然として描かれている点が重要だ。
暴力描写の少なさも特筆すべきだろう。ソニーの死の場面などは凄惨だが、それはアクション的快楽ではなく、物語の宿命を象徴するものにすぎない。スタジオの「もっと派手に」という要望を拒んだコッポラの選択は、作品を単なるギャング映画から普遍的悲劇へと昇華させた。
ニーノ・ロータによる音楽は、『ゴッドファーザー』を単なる映画から“叙事詩”へと引き上げた。哀愁を帯びたテーマはイタリア的旋律美を湛え、繰り返しのモチーフはまるで運命の鎖のように物語を縛りつける。結婚式の賑やかさと、葬儀の静けさ。その両極を包み込む旋律は、家族の栄華と没落を暗示してやまない。
コッポラ自身が「オペラ的映画」を志向していたことも見逃せない。構図、照明、音楽が一体化し、まるで舞台の幕が上がるように場面が展開する。そこにはマフィア映画の枠を超えた美学が横たわっている。
社会的インパクトと移民の物語
1972年の公開後、『ゴッドファーザー』は全米で空前のヒットを記録し、アカデミー賞作品賞をはじめ数々の栄誉に輝いた。だがそのインパクトは映画の枠にとどまらない。ブランドーが授賞式をボイコットし、先住民の権利を訴えるスピーチを代読させたことは、映画を社会問題と接続させる出来事として広く記憶されている。
また、この作品はイタリア系移民の物語でもある。移民がアメリカ社会でのし上がるための手段としてマフィアが機能したという歴史的背景を踏まえると、『ゴッドファーザー』は「もう一つのアメリカンドリーム」を描いた作品でもある。富と権力を得ながらも、同時に堕落と崩壊に向かう姿は、アメリカ社会そのものの寓話として読むことができる。
アメリカ映画史における意義
70年代初頭、ニューシネマの潮流が主流を占める中で、『ゴッドファーザー』はあえて古典的語り口を選び、商業的成功と芸術的評価を同時に勝ち取った。ハリウッドが経営的に揺らいでいた時期にあって、この作品はスタジオに莫大な利益をもたらし、アメリカ映画の再生を象徴する存在となった。
半世紀以上を経た今も、『ゴッドファーザー』は単なるマフィア映画ではない。家族の悲劇、移民の物語、アメリカンドリームの裏面史──その多層的な意味が絡み合うことで、映画は今なお生き続けている。アメリカ映画が神話を語り得ることを証明した本作は、映画史に残る比類なき遺産なのである。
- 原題/The Godfather
- 製作年/1972年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/175分
- 監督/フランシス・フォード・コッポラ
- 脚本/フランシス・フォード・コッポラ、マリオ・プーゾ
- 原作/マリオ・プーゾ
- 製作/アルバート・S・ラディ
- 撮影/ゴードン・ウィリス
- 音楽/ニーノ・ロータ
- 特殊メイク/ディック・スミス
- 美術/ウォーレン・クレイマー
- 編集/ウィリアム・レイノルズ、ピーター・ジナー
- 衣裳/アンナ・ヒル・ジョンストン
- マーロン・ブランドー
- アル・パチーノ
- ロバート・デュバル
- ジェームズ・カーン
- リチャード・カステラーノ
- スターリング・ヘイドン
- ダイアン・キートン
- リチャード・コンテ
- ジョン・カザール
- アル・レティエリ
- ジャンニ・ルッソ
- モーガナ・キング
- シモネッタ・ステファネッリ
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