『グーグーだって猫である』──去勢と除去、ふたつの喪失が導く再生の瞬間
『グーグーだって猫である』(2008年)は、大島弓子の半自伝的漫画を原作に、吉祥寺を舞台にした漫画家・麻子の再生の物語。愛猫グーグーの去勢手術を前に、子宮ガンを患った麻子は、自らの身体的喪失と向き合う。猫と人間、飼い主と生命、失うことと生きることが重なり合い、彼女の中で“生と性”の境界が静かに揺らいでいく。
犬童一心という“生”の映画作家
犬童一心の作品には、一貫して冷ややかな透明感が漂っている。それは叙情性の裏側に「生」と「死」という根源的な主題が隠されているからだ。
『メゾン・ド・ヒミコ』、『死に花』、『眉山』、そして脚本家として関わった『黄泉がえり』に至るまで、彼のフィルモグラフィーには常に「たおやかさに潜む痛切さ」「叙情性のなかの残酷さ」という二律背反の感情が宿っている。犬童の映画は、優しさをまといながらも、どこか突き放すような“冷たい眼差し”を忘れない。
その両義性は、「生」と「死」が分かちがたく結びついているという彼の世界観に起因している。そしてもうひとつ、犬童が他の日本映画作家と決定的に異なるのは、その「生」を平然と「性」に置き換えて描いてしまうことだ。
『メゾン・ド・ヒミコ』が性愛の多様性を通して“生きること”の痛みを浮かび上がらせたように、犬童のカメラは生のリアリティを性的な肉体表現によって露わにする。抑制の奥で、常に“どろりとした生々しさ”が滲み出るのである。
「去勢」と「除去」──生と性の二重奏
『グーグーだって猫である』(2008年)は、そんな犬童的感性の延長線上にある作品だ。大島弓子の半自伝的漫画を原作に、吉祥寺を舞台にした一見ハートウォーミングな日常譚でありながら、その内側にはやはり“生の痛み”が潜んでいる。
キョンキョンこと小泉今日子が演じる漫画家・麻子は、愛猫グーグーの去勢手術を決意する。その行為は、単なるペットの健康管理ではなく、彼女自身の身体的喪失と対をなしている。麻子は子宮ガンを患い、自らの“女性性”を失う決断を迫られているのだ。
つまりこの映画の核心にあるのは、「去勢」と「除去」という二重の喪失である。グーグーを去勢することは、麻子自身の去勢の予兆であり、彼女の“生”と“性”が分離していく過程を象徴する。
だが犬童は、その過程を悲劇として描かない。むしろ静かな受容として提示する。麻子が秘かに想いを寄せる青年(加瀬亮)に向かって、「二つお願いがあるんです」と切り出す場面。
その一つは「グーグーを預かってほしい」だが、映画で明かされなかったもう一つの願いは、ズバリ「私が女性の部分をなくしてしまう前に、私を抱いてください」ではなかったのではないか?
肉体の死を前にして、最後に生きたいという渇望。それは犬童一心が一貫して描いてきた、“死に臨む生の瞬間”の象徴だ。
犬童映画の余韻
この映画において特筆すべきは、マーティ・フリードマンのキャスティングである。元メガデスのギタリストであり、メタル文化の象徴である彼が“死の使者”として登場するのは、あまりにアイロニカルだ。
彼は悪魔の姿をして現れ、死んだ猫のサバと麻子を再び結び合わせる。ここで“死”は単なる終焉ではなく、“生”への再接続の契機として作用する。死を司る者が、生命の循環を媒介する──この逆説こそ、犬童作品に通底するアンビバレンスの真骨頂だ。
死は終わりではなく、別の形での再生である。グーグーを失い、子宮を失い、それでも麻子は描き続ける。彼女がペンを走らせるその行為こそ、生の証明であり、死をも内包した“生きること”の肯定なのだ。
そして細野晴臣による音楽が、この映画の情調を決定づけている。『メゾン・ド・ヒミコ』に続くコラボレーションであり、イタリア映画的なペーソスと軽やかなユーモアを兼ね備えたサウンドが、物語に柔らかな膜をかける。
行方不明のグーグーを追いかけるスラップスティックなシーンなどは、ルイ・マルの『地下鉄のザジ』(1960年)へのオマージュにも見える。しかしその明るさの奥に、ほの暗い影が差していることに気づかぬ者はいないだろう。
そもそも少女漫画というジャンルには、常に“死の匂い”が漂っている。夢想的な世界の裏側にあるのは、喪失と再生、憧憬と死の往還である。
犬童一心が『グーグーだって猫である』を映像化したのは、偶然ではない。彼の作品世界に流れる「生と死」「性と去勢」「笑いと痛み」という矛盾が、ここで最も穏やかで最も鋭い形で結晶しているからだ。
柔らかく、しかしどこか残酷に。犬童はこの映画で、“生きる”ということの痛みと可笑しみを、猫の眼のような冷たい透明さで描き出したのだ。
- 製作年/2008年
- 製作国/日本
- 上映時間/116分
- 監督/犬童一心
- 脚本/犬童一心
- 原作/大島弓子
- エグゼクティブプロデューサー/豊島雅郎、樫野孝人、大澤善雄、和崎信哉、井上伸一郎、御領博、キム・ジュソン、石井晃
- 製作総指揮/豊島雅郎
- 製作/久保田修、小川真司
- 撮影/蔦井孝洋
- 美術/磯田典宏
- 音楽/細野晴臣
- 編集/洲崎千恵子
- 衣装/宇都宮いく子
- 小泉今日子
- 上野樹里
- 加瀬亮
- 大島美幸
- 村上知子
- 黒沢かずこ
- マーティ・フリードマン
- 大後寿々花
- 田中哲司
- 村上大樹
- 小林亜星
- 松原智恵子


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