張込み/野村芳太郎

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スタア高峰秀子が”まるで生気のない女”を好演する、松本清張原作ムービー

東京で起きた質屋殺しの容疑者・石井(田村高廣)の行方を追うべく、警視庁捜査第一課の下岡(宮口精二)と柚木(大木実 )は佐賀へ出発。

かつての石井の恋人であり、今は銀行員の妻となっているさだ子(高峰秀子)を張り込めば石井逮捕に繋がる、と踏んだのだ。張り込みの期間はジャスト一週間。果たして、石井は姿を現すのだろうか?

…とまあ、お話はいたってシンプル。何せ、物語の大部分が地道な張り込み描写なのだ。旅館の二階から高峰秀子をひたすら観察し続けるだけでは、TVの2時間ドラマならチャンネルを変えられてしまうこと必至。起伏に乏しい物語に粘着力を与えるべく、当時まだ30代だった野村芳太郎は硬質なリアリズム描写で、丁寧に物語を紡いでいく。

しかしながら、そのリアリズムがどうにも中途半端。他人の生活の覗き見するというのは、ヒッチコックの『裏窓』(1954年)と同一のシチュエーションだが、演出がまるで違う。ヒッチ先生は、向かいのアパートに住む人々の生活を、昼夜を問わず主人公(ジェームズ・スチュワート)の視点から描いていた。

『張込み』(1958年)も、最初は二人の刑事の視点から高峰秀子の生活が描かれるものの、カメラは次第に第三者的視点を獲得して(いったい誰視点なんだ?)、グイグイと邸内まで侵入してしまう。

『張込み』(松本清張)

スタア高峰秀子がロングの絵だけではもったいないという判断かもしれないが、いたずらにカメラ・ポジションを変えてしまうと、リアリズムなんぞ確保できないんじゃないか。

とはいえ、かつての恋人に会いに行く高峰秀子の日傘が嬉しさのあまりクルクル回っていたり、豪雨のなか下駄の紐緒が切れた高峰秀子がケンケンしたりと、瞬間的な絵の充実ぶりは、さすが野村芳太郎。

前半が屋内だけで進行する密室劇だっただけに、刑事が犯人の行方を追いかける屋外の追跡シーンが躍動感に満ちているのも、見事な計算だ。この映画のロケーションは特に素晴らしいと思います。

ふたりの刑事が夜行急行列車に乗り込み、目的地の佐賀に到着するまでを、これでもかというぐらいに克明に描いているイントロもいい。蒸し暑い車内で22時間もの長旅に耐え、ランニング姿で汗をぬぐう姿には、定収入・長時間労働の悲惨な生活が垣間見える。

この映画は、銭湯屋の娘と結婚して楽な暮らしをしようと考えていた大木実が、最終的に極貧で糊口を凌ぐ高千穂ひづると結婚を決意するに至るまでの“人生選択の物語”でもあるのだから、このような描写は必須だった訳だ。

高峰秀子は、成瀬巳喜男の『浮雲』(1955年)以上に薄幸ぶりを遺憾なく発揮し、大木実演じる刑事が語るところの「まるで生気のない女」を好演。日陰の女が突然みせる情熱的振る舞いに、高峰秀子の真骨頂を見る思いなり。

浮雲 [DVD]
『浮雲』(成瀬巳喜男)
DATA
  • 製作年/1958年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/116分
STAFF
  • 監督/野村芳太郎
  • 原作/松本清張
  • 脚本/橋本忍
  • 企画/小倉武志
  • 撮影/井上晴二
  • 音楽/黛敏郎
  • 美術/逆井清一郎
  • 編集/浜村義康
  • 録音/栗田周十郎
  • 照明/鈴木茂男
CAST
  • 大木実
  • 宮口精二
  • 高峰秀子
  • 田村高廣
  • 菅井きん
  • 高千穂ひづる
  • 藤原釜足
  • 文野朋子
  • 浦辺粂子
  • 多々良純

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