2026/3/17

『監督失格』(2011)徹底解説|愛する人を失った男の再生への記録

『監督失格』(2011年/平野勝之)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー

10段階評価
8 GOOD
概要

『監督失格』(2011年)は、AV監督・平野勝之が女優・林由美香との関係を題材に撮ったドキュメンタリーである。かつて恋人であり共に作品を作り続けた二人の軌跡を、監督自身の視点でたどる。撮影当時、平野は既婚者でありながら由美香と親密な関係を持ち、自転車での旅や撮影記録を重ねていた。由美香の突然の死をきっかけに、監督は自らの過去と向き合い、カメラを再び構える。

目次

平野勝之の自己暴露的ドキュメンタリー

ドキュメンタリー映画なんてものは、決して客観的で不偏不党なメディアなんかじゃない。カメラのファインダーを通した時点で、そこに映し出されるのは、暴力的なまでに主観的かつ作為的な映像の切り取りに過ぎない。

日本の映像業界において、“抜けないAVを撮る異端の監督”として、V&Rプランニングからあまたの傑作(あるいは怪作)を上梓してきた平野勝之は、その事実に極めて自覚的だった。彼の生み出す映画には、ありったけのエゴがパンパンに詰め込まれている。

彼の関心は、単なる肉体的なセックスの描写そのものよりも、AVという疑似恋愛の空間と、現実の生々しい人間関係をシームレスにリンクさせ、己の情けない姿すらもカメラの前に曝け出すことによって、徹底的にマゾヒスティックに自分自身を精神的・肉体的に追い込むことにある。文字通りのドM全開アプローチ!

平野は既婚者でありながら、当時ピンク映画やAV界で絶大な人気を誇った女優・林由美香と深い不倫関係にあった。しかし彼は、その事実を隠蔽するどころか、彼女と肉体関係を結びながら、真冬の北海道の最北端・礼文島まで過酷すぎる自転車旅行に出発。

『由美香』(1997年)というフィルムで、痴話喧嘩から極限の疲労まで、道中の模様を逐一カメラに収めるという、己のリビドーと表現欲求に忠実すぎる性実験をしでかしてしまう。

由美香
平野勝之

映画のパンフレットに記述されていた座談会によると、某女優に「なんであの監督、自分ばっかり撮ってるのかしら。全然あたしにカメラ向けないのよ」なんて呆れた発言をさせているくらいだから、観客としては「アンタ、どんだけ自己中心的やねん!」とツッコみたくなる。

だが、その被写体(女優)を放置してでも己の限界と崩壊を撮り続ける異常なナルシシズムこそが、唯一無二の平野勝之スタイルなんだろう。

林由美香の死と、監督失格の烙印

林由美香という絶対的なミューズとの蜜月が過ぎ、二人の関係が破綻した後も、平野はまるで彼女の残像を探し求めるかのように北海道という土地に異常なまでに執着し続け、『流レ者図鑑』(1998年)、『白 -THE WHITE-』(1999年)といった、さらに過酷さを増す狂気の自転車旅行記を撮り続けた。

しかし、創作の最大の原動力だった林由美香を失った平野は、やがて一気に映画製作のモチベーションを喪失し、長い長いスランプ期間へと突入。気がつけば彼は、移り変わりの激しいAV界において、完全に忘れ去られた存在になり果てていた。

そんな抜け殻のような自分を再び奮い立たせるには、やはり原点である林由美香と真正面から向き合うしかない。恋人としてではなく、一人の仕事仲間として。

新作のハメ撮りAV撮影を行うため、由美香の35歳の誕生日である2005年6月27日、平野はバースデーケーキを持って彼女のマンションを訪れる。しかし、何度インターホンを鳴らしても返事がない。電話もメールも通じない。

不審に思った平野は、彼女の母親にコンタクトをとり、鍵を開けて部屋の中へと入る。しかしそこにあったのは、冷たく変わり果てた彼女の遺体だった。推定死亡時刻は、彼女が35歳になるわずか2時間前。死因はアルコールと睡眠薬の過剰摂取による窒息死だった。

平野勝之という男は、これまでどんなに過酷な状況でも、肝心なときに限ってカメラを回すことにためらいを感じる己の弱さがあり、生前の由美香からは「監督失格だね」と笑い飛ばされていた。

そして、愛する彼女の死という、ドキュメンタリー監督としてこれ以上ない衝撃的で決定的な現実に直面したその瞬間もまた、彼は激しく動揺し、自らの手でカメラを回すことができなかった。

ここで彼の弟子であり、同行していた助監督のペヤングマキ(すごい名前!)が、映像制作者としての冷徹な機転を利かせて、こっそりと廊下にカメラを設置。

その結果、娘の死体にすがりついて泣き崩れる由美香ママの横で、何も知らない愛犬が尻尾を振って無邪気にじゃれまくるという、奇跡のような、それでいてこの上なく残酷でグロテスクな現実の映像が記録されることになった。このワンカットだけでも、本作は映画史に残る凄まじい強度を持ってしまっている。

庵野秀明が惚れ込んだ愛と再生のエピローグ

『監督失格』というこの途方もない作品は、すでにこの世に居ないたった一人の女性に対する、あまりにも遅すぎた愛の告白であり、かつて天才と呼ばれながら堕落したAV監督が、底なしの絶望から必死に自己再生を試みる、血まみれのドキュメンタリーである。

本作が世に出るにあたり、大きな役割を果たしたのが庵野秀明。平野の強烈ファンだった庵野は、この未編集の膨大なビデオテープの存在を知り、自ら経営するスタジオカラー初の実写映画プロデュース作品として全額出資を買って出たのだ。「これを完成させなければ、平野勝之は前に進めない」。庵野のその直感は、この破格の映画を世に送り出す原動力となる。

スクリーンには、天使のようなたおやかさと、周囲を振り回す悪魔のような気まぐれさを併せ持つ、林由美香という圧倒的な女性の魅力が全編を覆い尽くしている。彼女の無防備な笑顔を見るだけで、胸が締め付けられるのは間違いない。

しかし、それ以上に観客の心を激しく突き動かすのは、齢40を過ぎ、ギックリ腰で痛めた情けない体をさすりながら、カメラの前で「別れたくない!」と子供のように泣き叫び、嗚咽する平野勝之という一人の男の無様な姿だ。

オンナには平気で手を上げるし、不倫はするし、自分のエゴばかり押し付けるし、はっきりいって彼はヒトの道から外れた「人間失格」のダメンズだ。しかしながら同時に、どうしようもないほど人間臭く、すっごいチャーミングでもある。

映画の終幕、矢野顕子の書き下ろしによる温かくも切ないピアノ曲『しあわせなバカタレ』が静かに流れる。どうしようもない男と女の、哀しくもどこか間の抜けた、泥臭い恋愛模様。その不完全な美しさに、思わず僕はポロポロと涙をこぼしてしまうのだ。

しあわせなバカタレ
矢野顕子

幸せという言葉を噛み締めながら。

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キャスト
平野勝之 監督作品レビュー