監督失格/平野勝之

監督失格 Blu-ray(特典DVD付2枚組)

ドキュメンタリーなんてものは、決して客観的な、不偏不党なメディアではない。そこに映し出されるのは、主観的かつ作為的な映像である。

“抜けないAV作品を撮る監督”としてあまたの傑作AVを上梓してきた平野勝之は、その事実に極めて自覚的だった…というよりも彼の映画には、ありったけの私性が詰め込まれている。

彼の関心はセックスそのものより、AVという疑似空間と現実をリンクさせ、己を曝け出すことによってマゾヒスティックに自分を追い込むことにあるのだ。ドM全開!

平野は既婚者でありながら、人気女優・林由美香と不倫関係にあった。しかし彼は、その事実を隠蔽するどころか、肉体関係を結びながら北海道の最北端・礼文島まで自転車旅行に出発し、その模様を逐一カメラに収めるという、己のリビドーに忠実すぎる性実験をしでかしてしまう。

女優 林由美香 (映画秘宝COLLECTION (35))

映画のパンフレットに記述されていた座談会によると、某女優に「なんであの監督自分ばっかり撮ってるのかしら。全然あたしにカメラ向けないのよ」なんて発言をさせているくらいだから、「アンタどれだけ自己中心的やねん!」とツッコみたくなるが、それが平野勝之スタイルなんである。

林由美香との蜜月が過ぎた後も、平野は彼女の思い出を探し求めるかのように北海道に執着し続け、『流れ者図鑑』、『白 THE WHITE』といった自転車旅行記を撮り続けた。

しかし創作のミューズだった林由美香を失った平野は、一気に映画製作のモチベーションを喪失し、長いスランプ期間に入ってしまう。彼はAV界では忘れ去られた存在になっていたのだ。

そんな自分を震いたたせるには、やはり林由美香と向き合うしかない。恋人ではなく、仕事仲間として。新作のハメ撮り撮影を行うため、由美香の35歳の誕生日、平野は彼女のマンションを訪れる。しかしインターホンを鳴らしても返事がない。電話もメールも通じない。

不審に思った平野は、彼女の母親にコンタクトをとり、部屋の中へと入る。しかしそこにあったのは、変わり果てた彼女の遺体だった。推定死亡時刻は35歳になる2時間前。死因はアルコールとクスリの過剰摂取だった。

平野は肝心なときに限ってカメラを廻すことにためらいを感じ、由美香に「監督失格だね」と笑われていた。その彼女の死に直面したときもまた、彼はカメラを廻すことができなかった。

彼の弟子であるペヤング(すごい名前だ)が機転を利かせて廊下にカメラを設置したことで、泣き崩れる由美香ママに愛犬がじゃれまくるという、奇跡のような、それでいてこの上なく残酷な映像が残されることになったのだ。

『監督失格』は、すでにこの世に居ない女性に対する愛の告白であり、かつて天才と呼ばれたAV監督が必死に再生を試みるドキュメンタリーである。

天使のようなたおやかさと、悪魔のような気まぐれを併せ持つ、“林由美香”という女性の魅力がスクリーンを覆い尽くしているのは間違いはない。

しかしそれ以上に、齢40を過ぎ、ギックリ腰で痛めた体をさすりながら、「別れたくない」と泣き叫ぶ平野勝之という一人の男の姿に、激しく胸を突き動かされる。

オンナには手を上げるし、不倫はするし、はっきりいって彼はヒトとしては人間失格。しかしながら同時にすっごいチャーミングでもある。

映画の終幕、矢野顕子の書き下ろしによるピアノ曲『しあわせなバカタレ』が流れるとき、どうしようもない男と女の、哀しくもどこか間の抜けた恋愛模様に、思わず僕は涙をこぼしてしまう。

幸せという言葉を噛み締めながら。

DATA
  • 製作年/2011年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/111分
STAFF
  • 監督/平野勝之
  • 製作/甘木モリオ
  • プロデュース/庵野秀明
  • 企画/甘木モリオ
  • 編集/李英美
  • 音楽/矢野顕子
  • 音楽プロデューサー/北原京子
CAST
  • 林由美香
  • 平野勝之
  • 小栗冨美代

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