『告白的女優論』(1971)
映画考察・解説・レビュー
『告白的女優論』(1971年)は、日本映画界の異端児・吉田喜重監督が放つ、日本映画史に屹立する前衛ドラマ。浅丘ルリ子ら日本を代表する三大女優が「自身のスキャンダル」を演じるという虚実入り混じる設定で、女優の果てしない業と狂気をえぐり出した、圧倒的なエネルギーに満ちた必見の一作。
モダニスト・吉田喜重の端正な狂気
日本映画の歴史において、ここまでスリリングで、かつ冷徹な、女優というイキモノの解剖実験があっただろうか。
大島渚や篠田正浩らと共に松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手として暴れ回り、その後、日本ATG(アート・シアター・ギルド)の黄金期を牽引した生粋のモダニスト・吉田喜重監督が1971年に放った異色作、それが『告白的女優論』である。
失語症、セックス恐怖症、自殺願望症。それぞれにヘヴィーすぎるトラウマを抱えた3人の大女優たちが、新作映画のクランクインを直前に控えて引き起こす狂騒を、単純なオムニバスとも言い切れない、極めて複雑な説話法のなかで綴っていく。
大女優・岡田茉莉子を実生活で妻に持つ吉田監督が、映画というメディアそのものを使って展開する「女優論」。…と書くと、いかにも「役者がカメラ目線で観客に語りかける(第四の壁の破壊)」とか「現実の自分自身のプライベートをあざとく暴露する」といった、自己言及的で安直なメタ映画的構造を想像するだろう。
だが吉田喜重は、そんな浅薄な手は絶対に引かない。もし彼がメタ映画というギミックに甘んじる監督であるならば、もっと観客を意識したわかりやすい物語構造を企てるはず。
しかし本作は、あくまで映画という「フィクショナルな境界線」の内側に、頑ななまでに踏みとどまる。時制と虚実を自在に、そして不気味なほど自由に泳ぎつつ、いかにもモダニスト吉田喜重らしい計算し尽くされた端正な映像美で、我々の脳髄に直接「女優論」を語りかけてくるのだ。
この知的で冷たい狂気こそが、本作の最大の魅力である。
剥き出しの肉体性とトラウマ
この映画を語るうえで絶対に外せないのが、肉体性という強烈なモチーフ。よくよく考えてみれば、女優なる生き物は、自らの肉体を媒介にして新しい物語と接続し、自意識を極限まで解放して、現実と虚構の境界をやすやすと行き来する希有な存在だ。だからこそ、彼女たちの肉体は単なる記号ではなく、業の深さを映し出す鏡となる。
劇中での彼女たちの身体の提示の仕方は、マジで凄まじい。海堂あきを演じる浅丘ルリ子は、異常なまでに凹凸のないパキパキに研ぎ澄まされた身体をスクリーンに焼き付け、脇を固めるリエ役の太地喜和子は、豊満かつダイナミック極まりないバディーを惜しげもなくさらけ出して我々を挑発。伊作万紀子を演じる有馬稲子は、あえて全然萌えないストイックなレオタード姿を披露して視覚的な撹乱を仕掛けてくる。
この三者三様の身体表現は、単なるサービスショットなどでは断じてない。女優が女優であらんとする時、不可避的に直面する「自己の存在に対する問いかけ」の物理的な発露なのだ。
三人の女優たちは皆、異口同音に「私って何者なの?」という実存的な問いを抱え、それを夢のなかに、セックスのなかに、そして死のなかに狂おしく求めようとする。
女優という生き物の業火に焼かれるような生き様が、画面全体からムンムンと立ち昇ってくるのだ。
虚空に消える「私って何者なの?」
しかしながら、吉田喜重の迷宮のごとき演出によって構築された、虚実が入り乱れる冷たい空間のなかで、彼女たちの「私って何者なの?」という悲痛な問いかけは、こだまのように虚しくエコーし、やがて虚空へと吸い込まれて行く。
誰かが明確な答えを与えてくれるわけではない。『告白的女優論』という作品自体が、「女優とは何ぞや」という巨大な問いかけそのものとして、永遠に宙吊りになっているのだ。この解答なき前衛芸術を前にして、我々観客はただ圧倒され、スクリーンに映し出される彼女たちの底知れぬ孤独に戦慄するしかない。
僕のような平凡ライターの胸に去来するのは、小難しい映画理論などではない。「女優と付き合うとめちゃくちゃ疲れそうだなー」という、強烈な疲労感と実感のみ。
もちろんこれは、名作映画を茶化しているわけじゃない。むしろ、吉田喜重が描き出した女優という存在が、常人の理解をはるかに超えたエナジーヴァンパイアであり、近づけば火傷では済まないほどの業を背負ったモンスターであるという残酷な事実を、骨の髄まで理解させられたという何よりの証拠ではないか?
崇高なアート映画の果てに、最も泥臭い日常の安堵へと観客を叩き落とす。これこそが『告白的女優論』が放つ、最大級のアイロニーであり、極上のエンターテインメントなのである。
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