『紅の豚』(1992年/宮崎駿)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『紅の豚』(1992年)は、宮崎駿が監督・原作・脚本を務め、自らの愛機や理想の男性像を投影した長編アニメーション。第一次世界大戦後の1920年代末、ファシズムが台頭し始めたイタリアのアドリア海を舞台に、賞金稼ぎとして空賊たちを相手にする「飛べない豚はただの豚だ」の台詞で知られるポルコ・ロッソ(マルコ・パゴット)の活躍を描く。元々は日本航空の機内上映用短編として企画された経緯を持ちながら、最終的には宮崎監督自身の「自分へのご褒美」的な私小説的側面と、戦争の影が忍び寄る時代への批評性が同居した異色作となった。
- 第47回毎日映画コンクール:アニメーション映画賞、音楽賞
- 第66回キネマ旬報ベスト・テン(日本映画):第4位、読者選出日本映画第1位
疲れた中年による、疲れた中年のための「空飛ぶ私小説」
『紅の豚』(1992年)は、宮崎駿という映像作家の美学、思想、そしてどうしようもない業(ごう)と矜持が、最も露骨かつ無防備に刻印された特異な作品である。
もともと本作は、日本航空(JAL)の機内上映用として、「脳みそが豆腐になった疲れたビジネスマンが、国際線のフライト中に頭を空っぽにして楽しめる45分程度の中編アニメ」として企画されたものだった。
しかし、制作過程で宮崎の個人的な情念と時代背景の暗い影がどんどん入り込み、結果的に自分自身の内面をえぐり出すような重厚な長編映画へと肥大化してしまった。
かつて『風の谷のナウシカ』(1984年)では自然と人間の共存という壮大なテーマを背負い、『天空の城ラピュタ』(1986年)では少年期の無垢なる冒険を描いた彼が、本作で真正面から向き合ったのは、老いと現実からの逃避、そしてイデオロギー(理想主義)の黄昏だった。
アドリア海を根城にする孤高の賞金稼ぎポルコ・ロッソは、飛ぶことにすべてを賭けたハードボイルドな男でありながら、同時に現実のしがらみから逃げ続ける厄介な中年でもある。
その引き裂かれた矛盾こそが、宮崎駿という作家の宿命そのものだ。「飛べない豚はただの豚だ」──映画史に残るこの有名なセリフは、単なるユーモラスでシニカルな自己規定ではない。「アニメを創れない宮崎駿は、ただの老いぼれた豚にすぎない」という、クリエイターとしての痛烈な自己告白として響くのだ。
本作は、アニメーション監督・宮崎駿が「自分はなぜアニメを創るのか」を自問自答した、極めて私小説的な私アニメなのである。
「1968年の呪い」と照れ隠しのノワール
では、なぜ主人公は呪いによってブタの姿をしているのか。一言で言えば、宮崎駿が本作に自己投影をあまりにも生々しく行いすぎたため、その照れ隠しとしてブタの皮を被る必要があったからだ。
ポルコの呪いは、魔法使いにかけられたわけではない。彼は人間社会の愚かさ、ファシズムの台頭、そして戦死した戦友たちへの罪悪感から、自らの意志で人間であることを放棄し、ブタという異形の存在に変じてまで個人の自由を選び取った。
その姿は、スタジオジブリという巨大な企業国家の重圧を背負いながら、なおも個人としての作家性や自由を模索し続ける宮崎駿の自己像と完全に重なり合う。
「ブタに国も法律もねぇよ」という、森山周一郎の渋すぎる声で吐き出される反国家的なセリフ。そこには、ジャン・ギャバンやハンフリー・ボガートが主演した往年のフィルム・ノワールへの強烈なオマージュが込められている。だが同時に、この自由人の哲学には、どうしようもない閉塞の匂いが漂うのだ。
宮崎の属するいわゆる団塊の世代(1968年の学生運動世代)は、世界を変えるという理想を掲げながら最終的にそれに挫折し、体制側に組み込まれて企業戦士(という名のブタ)になっていった世代である。
ポルコが自らブタになったのは、比喩的な意味での「体制のブタ」になることを拒絶するためだった。しかし、人間をやめてブタになるという選択は、理想の追求というより、現実社会への強烈な倦怠と絶望の表明に他ならない。
宮崎駿は本作で、飛ぶことによって自由を得た男を描いたのではなく、飛ぶことでしか自分を証明できない男の強烈な孤独を描いてしまったのだ。
現実の戦火が奪った「飛行の無邪気さ」
『紅の豚』の制作が本格化した1991年から1992年にかけて、世界は激動の只中にあった。冷戦の終結、ソビエト連邦の崩壊、そして何より本作の舞台であるアドリア海の対岸で「ユーゴスラビア紛争」が勃発したのである。
かつて愛した美しい海が、現実の凄惨な殺戮の舞台になってしまう。この事実は、宮崎駿に深刻なショックと自己嫌悪をもたらした。世界が資本主義以外の選択肢を失い、血みどろの民族紛争へと突入していく中で、ポルコの反ファシズム的姿勢は、単なる戦争批判を超えた「死にゆく理想主義への殉死」という重い意味を持ち始める。
劇中の空中戦(ドッグファイト)を構造的に分析すると非常に興味深い。本作の戦闘シーンでは、誰一人として死なないのだ。機体を穴だらけにしても、パイロットの命までは奪わない。
これは現実のユーゴスラビアで起きている虐殺に対する、宮崎駿の痛切な抵抗であり、飛行機が純粋な機械のロマンだった時代(第一次世界大戦後のほんの一瞬の空白期)の騎士道精神への、すがりつくようなノスタルジーである。
アドリア海の孤島にあるポルコの秘密のアジト。ラジオから流れるシャンソンを聴きながら一人で煙草をふかすあの美しい空間は、宮崎駿自身のサンクチュアリだ。
そこには国旗も、軍隊も、家族も存在しない。ただ風と波とプロペラ音だけが支配する孤絶した楽園。それは、巨匠が政治と社会から距離を取りたいと願った引退願望の寓話であり、イデオロギーの廃墟に一人取り残されたロマンチストの鎮魂歌なのである。
フェミニズムと都合のいいおっさんの夢
本作を語る上で欠かせないのが、ポルコの愛機を修理するミラノのピッコロ社が、すべて女性の職人たちで構成されているという描写だ。才能あふれる若き設計士フィオ(岡村明美)を中心に、女たちは見事なチームワークで大破した飛行艇を蘇らせる。
時代背景的に「男たちは皆、出稼ぎや戦争に行ってしまったから」という理由付けはされているものの、この描写には宮崎アニメを支える潜在的フェミニズム、そしてアニメーション制作現場(スタジオジブリ)のメタファーが色濃く反映されている。ジブリの過酷な制作現場を実際に回しているのは、色彩設計や動画を担当する無数の優秀な女性スタッフたちなのだ。
宮崎作品において、男性はしばしば理想に破れて疲弊し、女性は現実の泥臭い世界を力強く生き抜く存在として描かれる。『紅の豚』でもその構図は健在だ。飛ぶ男(ポルコ)は自由の象徴であると同時に「過去にとらわれた敗北の象徴」であり、地上で油に塗れて働く女たちは「創造と再生の象徴」である。
だが、少し意地悪な見方をすれば、ここには宮崎駿の決定的な限界(あるいは愛すべき弱点)が潜んでいる。彼は女性の生命力を讃え、若きフィオの純粋さに救済を見出すが、その視線は依然として疲れ果てた中年男のものだ。
美しく聡明な少女が、偏屈でシニカルな豚のオヤジの才能と優しさに惚れ込み、無償の愛と技術で彼を再生させてくれる。フェミニズムの皮を被ってはいるが、構造的には都合の良すぎるおっさんのファンタジーの極致。このどうしようもない男の業こそが、本作の隠し味としての毒であり、抗いがたい魅力にもなっている。
美しすぎる自己完結と、取り残されるカタルシス
『紅の豚』の画面は、圧倒的に美しい。空力学に基づいた飛行艇の艶やかなフォルム、抜けるようなアドリア海の青、そしてホテル・アドリアーノに沈む黄昏の光と加藤登紀子の歌声。
だが、その息を呑むような美しさは、エンターテインメントとして観客に向けて開かれているというより、宮崎駿の極めてパーソナルな自己満足的美学の中に密室的に閉じているように見える。
ポルコ・ロッソが空を飛ぶのは、世界を救うためでも、観客を感動させるためでもない。ただ彼自身の矜持のためだ。カーチスとの決着や、ジーナとの恋の行方、そして「ポルコは人間の姿に戻ったのか?」という最大の謎すら、映画は明確な答えを出さずに幕を閉じる。
ハリウッド的なカタルシスを明確に拒絶したこの結末は、作家が自身の理想と諦観を極限まで純化させた結果である。宮崎駿はこの作品で、自分の信じる「美しくも哀しい世界」を完全にコントロールしてみせた。だが、そのハードボイルドな自己完結性が強固であればあるほど、観客(特に子どもたち)が入り込む余地は狭まってしまう。
結果として本作は同年の邦画興行収入トップの大ヒットを記録したが、宮崎本人は後に「子どもを差し置いて、中年男のための映画を作ってしまった」と強烈に反省することになる(そしてその反動が、次作『もののけ姫』(1997年)へと繋がっていく)。
ポルコの飛行は、自由の象徴であると同時に、自己完結した男の孤独の証明である。雲の彼方へと消えていくその低空飛行は、観客の心を極上のロマンティシズムで満たしながらも、どこか冷たく置き去りにしていく。それこそが、日本アニメ史に残る最も美しく、最も罪深い「私小説」の結末なのだ。
- 監督/宮崎駿
- 脚本/宮崎駿
- 製作/徳間康快、俊光松男、佐々木芳雄、鈴木敏夫
- 制作会社/スタジオジブリ
- 原作/宮崎駿
- 撮影/奥井敦
- 音楽/久石譲
- 編集/瀬山武司
- 作画監督/賀川愛、河口俊夫
- 美術監督/久村佳津
- 色彩設計/保田道世
- 音響監督/浅梨なおこ
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