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『ピースメーカー』(1997)軍事的リアリズムが隠す、正義の暴走

『ピースメーカー』(1997)
映画考察・解説・レビュー

6 OKAY

『ピースメーカー』(原題:The Peacemaker/1997年)は、スティーヴン・スピルバーグ率いるドリームワークスSKGの劇場デビュー作。冷戦崩壊直後の世界を背景に、ロシアから盗まれた核弾頭を追うアメリカ軍の追跡劇を描く。ジョージ・クルーニーとニコール・キッドマンが共演し、ミミ・レダー監督が『ER 緊急救命室』で培ったスピード感あふれる演出で、秩序と暴力の境界を映し出す。

“平和”を演出する、軍事的リアリズムの罠

ドリームワークスSKGの初陣という歴史的重責を担った『ピースメーカー』(1997年)。この作品を90年代に量産されたアクション映画の一つとして片付けるのは、あまりにもったいない。

この映画は、スティーヴン・スピルバーグ率いるドリームワークスSKGが、世界にその威信を示すために放った劇場デビュー作。冷戦崩壊直後、アメリカが「新たな敵」を必死に探していた1990年代後半。本作が選んだのは、ロシアから盗み出された核弾頭という、今なお生々しい恐怖の象徴だった。

本作の本質は「正義の物語」ではなく、アメリカが世界の警察官であり続けるための「巨大な神話装置」である。ミミ・レダー監督は、人気ドラマ『ER 緊急救命室』で磨き上げた超速のカット割りと、止まることのないカメラワークを映画に持ち込み、観客に「考える暇」を与えない。

制作の舞台裏を覗けば、そこにはペンタゴンの全面的な影が見え隠れする。実はこの映画、脚本段階で軍の監修が入り、軍人が無能に見える描写は徹底的に排除された。

その見返りとして提供されたのが、本物の攻撃ヘリや輸送機が画面を埋め尽くす圧倒的な視覚効果。つまり、この映画自体が、高度に洗練された「米軍のプロモーションビデオ」としての側面を孕んでいるのだ。

ジョージ・クルーニー演じるデヴォー大佐は、命令のためなら倫理など躊躇なく踏みにじる。彼の持つ過剰な自信と、ニコール・キッドマン演じる核専門家の理性を蹂躙する強引さ。これこそが、敵を失ったアメリカの矛盾そのものだ。

レダー監督は、救命の現場を撮るように破壊の現場を撮った。そこにあるのは秩序の維持という名の、美しくも残酷な暴力のリズムなのである。

『24 -TWENTY FOUR-』的時間構造がもたらす麻痺

物語は息つく間もなく展開し、プロットは絶えず次の爆発へと観客を駆り立てる。この「2時間の制約の中で切迫を連呼する」構造こそ、後に世界を熱狂させる『24 -TWENTY FOUR-』の原型。

ミミ・レダーは情報の密度を極限まで高め、複数の場所で同時に進行する事態をクロスカッティングで繋ぎ合わせることで、観客の感情を麻痺させ、暴力と速度を等式として描き出した。

特筆すべきは、当時『ER』で人気絶頂だったジョージ・クルーニーの抜擢だ。実は当初、この役にはスタローンやシュワルツェネッガーのような筋肉の象徴が検討されていた。

しかしスピルバーグは、クルーニーの「首を少し傾けて相手を説得する知的な色気」を気に入り、新時代のスタア像を彼に託す。クルーニーはこの現場で、スタントの多くを自らこなし、軍人としての冷徹なプロフェッショナリズムを肉体に刻み込んだ。

ブラチスラバの街をベンツで爆走し、車を文字通り盾にして銃撃戦を繰り広げるシーンの臨場感はどうだ。あのスピード感こそが、90年代後半のアクション映画を「肉体」から「機能」へと変容させた瞬間だったのだ。

しかし、その迅速な決断の連続は、ニコール・キッドマン演じるケリー博士の理性を置き去りにしていく。そこにあるのは“思考を奪われた正義”の暴走だ。

カットの連鎖は心地よいリズムを生むが、同時に物語の深みを削ぎ落とし、我々を行動の連続という檻に閉じ込める。これこそが、ハリウッドが発明した麻薬的スピード感の正体である。

ドリームワークスという夢の代償と、テロリストの悲哀

ドリームワークスSKGがこの作品を第1弾に選んだのは、極めて象徴的だ。スピルバーグの「人間主義」とカッツェンバーグの「産業的規模」を結びつけようとした結果、本作は“商業的理念”と“芸術的理想”の中間で引き裂かれることとなった。

特筆すべきは、物語の悪役となるテロリスト、デュサン・ガヴリッチ(マルセル・ユーレス)の描写。彼は単なる狂った悪ではない。故郷サラエボで家族を失い、絶望の中でショパンを奏でる悲劇の男として描かれている。

レダーはこのテロリストの背景に、映画的な情念を込めようとした。だが、ハリウッドの産業的論理は、その湿っぽい感情を爆発の火柱で焼き尽くしていく。

ニューヨークの教会を舞台にしたクライマックス、核爆弾のコードを解除する極限状態において、ガヴリッチの個人の痛みは、国家の安堵という大義の前に無慈悲にパージされる。

皮肉にも、世界を救う物語で華々しくデビューしたドリームワークスは、後に多額の負債を抱え、パラマウントに吸収される運命を辿る。

映画が予見したのは、冷戦後の新しい敵などではなく、「理想を信じたクリエイターたちが、巨大な資本と暴力の論理に飲み込まれていく」という冷酷な現実だったのだ。

DATA
  • 原題/The Peacemaker
  • 製作年/1997年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/124分
  • ジャンル/アクション、サスペンス
STAFF
  • 監督/ミミ・レダー
  • 脚本/マイケル・シファー
  • 製作/ウォルター・F・パークス、ブランコ・ラスティグ
  • 撮影/ディートリッヒ・ローマン
  • 音楽/ハンス・ジマー
  • 編集/デヴィッド・ローゼンブルーム
  • 美術/レスリー・ディリー
CAST
  • ジョージ・クルーニー
  • ニコール・キッドマン
  • マーセル・ユーレス
  • アレクサンダー・バリュー
  • レネ・メドヴェセク
  • マイケル・ボートマン
  • ゴラン・ヴィシュニック
FILMOGRAPHY