『Daisies of the Galaxy』(2000年/イールズ)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Daisies of the Galaxy』(2000年)は、イールズが発表した3枚目のアルバムであり、中心人物であるE(マーク・オリヴァー・エヴェレット)とジョン・ブライオンらのプロデュースによって制作された。前作における極限の悲哀を湛えた音像から一転、穏やかなアコースティック・ギターやピアノの調べが柔らかく溶け合い、生々しい孤独感と、日常に潜む小さな光を肯定するようなユーモアが自然に共存する。
エドワード・ホッパーの絵画が鳴らす音
イールズの音楽に耳を傾けていると、なぜかいつも、アメリカを代表する画家エドワード・ホッパーが描いた静謐な都市風景が脳裏に浮かび上がってくる。
深夜のダイナーを煌々と照らす蛍光灯、無機質なモーテルの一室、誰もいないサンテラス。ホッパーは、そんなありふれた日常の情景のなかに潜む微細な不安や、都市生活者特有の孤独を、まるでスナップ写真のような写実的な筆致で鮮やかに切り取ってみせた。
エドワード・ホッパー自身は「とくに寂しい景色を狙って描くつもりはなかった」とあっけらかんと述懐している。しかし、彼のキャンバスに無意識のうちに「都市に内在する孤独」が色濃く滲み出していたことは、誰の目にも明らかだろう。
そこに描かれる人物たちは、どこか生の輝きを失ってしまったかのような空虚さを漂わせ、見る者の心に消えることのない不安の余韻をそっと残していく。
イールズというバンドは、まさにこのホッパー的な感覚を、オルタナティヴ・ロックの文脈において見事に体現する「アメリカン・ゴシック」の正統なる担い手である。
中心人物であるフロントマンのEことマーク・オリヴァー・エヴェレットが紡ぎ出すのは、決して派手なスタジアム・ロックではない。
彼はギターや鍵盤、そしてサンプラーを駆使して、ホッパーの絵画のなかに広がるあの空虚で美しいアメリカの風景を、立体的でざらついた音響のジオラマとして組み上げているのだ。
光と影の残酷なコントラスト
その彼らの特異な美学が、最も完成された形でパッキングされているのが、サード・アルバム『Daisies Of The Galaxy』(2000年)。
この作品は、ジャケットのアートワークからしてすでに多くを物語っている。表層だけを見れば、絵本のように牧歌的で愛らしいデザインだ。しかし、じっと目を凝らして細部を観察すると、そこには明らかに異質で不穏な空気が潜んでいることに気づく。
実はこのイラスト、1950年代に出版されたギリシャの古い児童書から引用されたものであり、Eが亡き母親から受け継いだ大切な形見でもあった。
表面的な温かな光と、その奥に潜在する底知れぬ影の同居。それはまさに、華やかな繁栄の裏側でしばしば見落とされてしまう暗部を抱えた、アメリカという国の特異なカルチャー構造そのものを象徴しているかのようだ。
映画監督のデヴィッド・リンチが、映像によって日常の裏側に潜む狂気を描き出した作家とするならば、Eは音楽という媒体を使ってその二重性を具現化する音の魔術師である。
トイピアノやグロッケンシュピール、柔らかなアコースティック・ギターといった可愛らしい音色に、ノイズ交じりのローファイなビートとEのひどく抑制されたしゃがれ声が乗る。
フォーキーな旋律とエレクトロニカの冷たい要素が融合するその音楽構造自体が、平穏な郊外の芝生の下に蠢く不穏な感情を、痛いほど正確に反映しているのだ。
また、アルバム内における明暗の振幅もとてつもなく大きい。思わず口ずさみたくなるような底抜けに明るいポップ・ナンバーと、どんよりと重く陰鬱なトラックが平然と交錯する。
その極端なアップダウンは、躁鬱を繰り返すアメリカの荒涼とした精神風景の多層性を、一枚のディスクのなかに見事に封じ込めている。
喪失の連鎖と、生きるための葬送曲
特筆すべきは、Eが書き綴るリリックの世界観。それは極めて観念的でありながら、身を切られるほどに生々しい。
例えば、アルバムの中に収められた以下の一節は、生者と死者の分断された関係性や、絶対に戻ることのできない時間の不可逆性を、ただ淡々と、しかし溢れんばかりの情愛を込めて描き出している。
君は死んでしまったけど、世界はまわりつづけてる
一巡りしよう 君が去ったこの世界
暗くなってきた いつもより少し早い
恋しいよ 君が去ったこの世界…
この静かな諦念と深い悲しみは、E自身が経験した想像を絶するパーソナルな喪失の歴史に裏打ちされている。彼は19歳で父親を心臓発作で亡くし、バンドデビュー直後には心を病んでいた姉が自ら命を絶ち、さらにその後を追うように、残された母親までも肺がんで失っている。家族全員がこの世を去り、ただひとり世界に取り残されてしまったという壮絶な孤立感。
『Daisies Of The Galaxy』の幕開けを飾る楽曲「Grace Kelly Blues」が、どこかニューオーリンズの葬送行進曲のような、哀しくも陽気なホーン・セクションで始まるのは決して偶然ではないだろう。
彼にとって音楽を作ることは、個人的な喪失という巨大なブラックホールを埋め、正気を保ちながらなんとかこの残酷な世界を生き延びていくための、切実な自己治癒のレクイエムだったのだ。
イールズの音楽は、アコースティックな温もり、フォークの土着性、ロックの衝動、そしてエレクトロニカやサンプリングという現代的な手法の間を、自由自在に往還し続ける。
その繊細な手つきによって、彼らはホッパーやリンチが描いたあのアメリカの孤独を、美しい立体的なサウンドスケープとして私たちの眼前に浮かび上がらせる。
絶望の淵に立ちながらも、決してユーモアと優しさを手放さないその音楽の奥底には、アメリカの都市生活と精神風景の、最も深く、最も柔らかな真実が静かに佇んでいるのである。
- アーティスト/イールズ
- 発売年/2000
- レーベル/ドリームワークス・レコーズ
- ジャンル/オルタナティヴ・ロック、インディー・ロック
- プロデューサー/E、ジョン・ブライオン
- 1. Grace Kelly Blues
- 2. Packing Blankets
- 3. Sound of Fear
- 4. I Like Birds
- 5. Daisies of the Galaxy
- 6. Flyswatter
- 7. It's a Motherfucker
- 8. Estate Sale
- 9. Tiger in My Tank
- 10. Daisy Through Concrete
- 11. Jeannie's Diary
- 12. Wooden Nickels
- 13. Something Is Sacred
- 14. Selective Memory
- 15. Mr. E's Beautiful Blues
- Daisies of the Galaxy(2000年)
![Daisies Of The Galaxy/イールズ[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/R-3301045-1443991486-1160.jpeg-e1621915360729.jpg)