同時代IDM/インディ・エレクトロニカと一線を画する、都市を舞台にした日常のポエジー
I Am Robot And Proud(ショウハン・リエム)の4作目『Uphill City』(2008年)は、クラシック訓練とコンピューター・サイエンスが交差するハイブリッドな作曲術で、同時代のIDM/インディ・エレクトロニカの抽象性と一線を画すメロウで温度感のあるポップ・エレクトロニカを提示する。本レビューではアルバムの背景、各曲の聴きどころ、múmなどとの比較を通じて、都市型エレクトロニカの核心を徹底解説する。
理系的才能への憧憬とハイブリッド型アーティスト
僕は純然たる文系人間で、哀しいほどに理数系の教科が苦手だった。高校生のとき、数学の偏差値が29という学年最下位を記録したこともある。だから、理系的才能を持つ人々に対しては、尊敬を超えた畏怖の念を抱かずにはいられない。
だからこそ、理系の才能を持つ人々には並々ならぬ憧憬を抱かずにはいられない。特に、アート・シーンに時々現れる文系+理系のハイブリッド型アーティストには、もはやリスペクトを超え、宇宙人を眺めるような畏怖の対象となる。その代表格が、中国出身のエレクトロニカ・アーティスト、I Am Robot And Proudことショウハン・リエムだ。
リエムは、トロント王立音楽院で10年間クラシック・ピアノを学んだ後、コンピューター・サイエンスの学位を取得。右脳系才能と左脳系才能が高次に融合した、稀有なハイブリッド型アーティストであることは、プロフィールだけでも十分に伝わるだろう。
クラシックで培われた旋律構造の緻密さは、ピアノやシンセのフレーズに現れ、プログラミング的思考は、サンプルや電子音の配置、リズムパターンの整合性に反映される。
理知と温もりが共存する音楽性
ややもすると、彼の音楽はスノビッシュで理知的すぎる印象を抱かせるかもしれない。池田亮司のような二進数的サウンドや極端なゼロサム的構造を想起する人もいるだろう。
しかし、I Am Robot And Proudの音楽はむしろハート・ウォーミングだ。アイスランドのエレクトロニカバンド、ムームのように温度感を伴ったポップ・エレクトロニカとして、聴き手に柔らかな安心感を与える。
彼が自らを「Robot」と称するのは、高性能ヒューマノイドを気取るためではなく、むしろ手塚治虫のマンガに登場するような、レトロフューチャー的旧式ロボットのイメージに近い。つまり、機械的規律と人間的温もりの微妙な交錯を象徴として。
『Uphill City』が描く都市のポエジー
これまで過去3枚のアルバムは輸入盤でしか入手できなかったが、2008年リリースの4thアルバム『Uphill City』は、国内盤として待望のリリース。シンプルでロマンティック、そしてメロウな音像が前面に押し出されている。
オープニング・トラック「Something To Write Home About」は、軽やかなクリック&ポップ系のリズムに、滑らかなメロディがすっと乗る“手紙の書き出し”のような親密さ。M-2「Uphill City」は、タイトに整えられたビートの上で、反復するモチーフが細やかに組み合わされていく。
トロントを東西に貫く高速道路401号線を連想させるM-5「401 Circuit」では、直進的なパルスが、標識のように現れては消えていき、M-9「Song For Two Wheels」では、ペダルの回転を思わせる一定速のパターンでグルーヴが生まれている。
日常を音楽化するメロディ偏重の魅力
テクスチャはさらりと軽いが、内部は緻密な編集と配列で構築され、都市の多層性(多くのパーツが協働する秩序が可聴化されている。まさに右脳系才能と左脳系才能が高次に融合したアーティストの面目躍如。
『Uphill City』が有するメロディ偏重のポップ感は、同時代IDM/インディ・エレクトロニカの“抽象化”とは一線を画し、都市を舞台にした日常のポエジーを描き出している。
- アーティスト/I Am Robot And Proud
- 発売年/2008年
- レーベル/Darla
- Something to Write Home About
- Uphill City
- Making a Case for Magic
- Melt
- 401 Circuit
- Island Life
- Storm of the Century
- Risk
- Song for Two Wheels
- Train Station Lullaby

