ハイムのメランコリックな感情がパッケージングされた、L.A.へのラブレター
カリフォルニアのサン・フェルナンドで生まれ育ったエスティ(ベース)、ダニエル(リードボーカル)、アラナ(ギター)の三姉妹は、物心ついた時から日々の生活の中に音楽がある環境で育った。家族ぐるみでバンド活動をしていたんである。
やがて三姉妹が独立し、ハイムとしてバンド活動を開始。サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)など数々のイベントで注目を集め、プロ契約に至る。
グラミー賞で最優秀新人賞にノミネートされたデビューアルバム『Days Are Gone』(2013年)、2ndアルバム『Something to Tell You』(2017年)を経て発表された3枚目が、この『Women In Music Pt.III』(2020年)だ。
多くの方がそうだと思うけど、僕が彼女たちの存在を知ったのは、MVの監督が『ブギーナイツ』(1997年)や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)で知られるポール・トーマス・アンダーソンだったから。
PTAといえば、元恋人のフィオナ・アップルを始め、ジョアンナ・ニューサム、エイミー・マン、レディオヘッドといったアーティストたちのMVを手がけてきたことでもおなじみの、“音楽感度”の高いフィルムメーカー。
このアルバムでも、M-2『The Steps』、M-16『Now I’m In It』、M-17『Hallelujah』、M-18『Summer Girl』のMVを担当しただけではなく、アルバムのジャケットまで撮影している。
「何でここまで、ポール・トーマス・アンダーソンがハイムのビジュアル・ワークを引き受けているの?」と思ったら、三姉妹の母親がPTAの小学校時代の先生で、しかもご近所さんという間柄なんだとか。彼の新作『リコリス・ピザ』(2021年)はアラナが主演を務めているが、よほど彼女たちの才能に惚れ込んだのだろう。
もちろん本作は、音楽面でもフロントランナーを招聘。アデルも絶賛したというシンガー・ソングライターのトバイアス・ジェッソ・Jr.、ヴァンパイア・ウィークエンドのロスタム・バトマングリ、アッシャーやWeekendらをプロデュースしてきたアリエル・レヒトシェイド(彼はダニエルのパートナーでもある)を共同作曲者に起用。どう考えても間違いのない布陣だ。
本作に収められている楽曲のほとんどは、彼女たちの辛い経験をもとに作られている。エスティは糖尿病に苦しみ、ダニエルは鬱を抱え、アラナは突如親友を失った。これまで以上にメランコリックで、これまで以上にパーソナルな想いが、一つ一つのトラックにパッケージングされている。
だけど、そのサウンド・プロダクションは不安や葛藤に塗り固められたものではない。M-1『Los Angeles』はスチャ、スチャというレゲエのリズムが軽快なナンバーだし、M-3『I Know Alone』は打ち込み系のエレクトロ・ポップ。
M-6『3 AM』はネオ・ソウルな雰囲気をまとったファンク・チューンで、M-11『Man From The Magazine』は、ジョニ・ミチェルを思わせるアコースティック・ナンバーだ。
彼女たちは“負の感情”すらも、ジャンルに固執しないサウンドで昇華させることで、どこか突き抜けたかのようなフィーリングを発露している。それは、彼女たちが常々口にするサッド・バンガー(悲しくて踊れる曲)を目指しているからだろう。
筆者のお気に入りは、M-5『Gasoline』。ハネるようなドラム(ライブではダニエルがドラムを叩いています)と、美しいコーラス・ワークを割って入るような、歪んだファズ・ギターがとても好きだ。このリフはちょっと中毒になる。
そして、M-18『Summer Girl』。ルー・リードを意識して書かれたというこのナンバーは、けだるいサックスの音色がリスナーのハートを鷲掴み。日が沈むLAの大通りを、彼女たちが横に並んで歩いている光景が目に浮かぶ。マジで名曲中の名曲だと思います。
- アーティスト/Haim
- 発売年/2020年
- レーベル/Columbia
- Los Angeles
- The Steps
- I Know Alone
- Up from a Dream
- Gasoline
- 3 AM
- Don’t Wanna
- Another Try
- Leaning on You
- I’ve Been Down
- Man from the Magazine
- All That Ever Mattered
- FUBT
- Gasoline(featuring Taylor Swift)
- 3 AM(featuring Thundercat)
- Now I’m In It
- Hallelujah
- Summer Girl
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