ファンキーなサウンドと、調整の狂ったアンドロイドのようなやくしまるえつこの無機質ヴォーカリゼーション
相対性理論という奇妙な名前のバンドの存在を知ったのは、確か2008年末頃だったか。
音楽系ブログを中心に「今年のJ-POPシーンを語るには、perfumeと相対性理論だけでオッケー」みたいな言説が流布していて、なんじゃそのスノビッシュな感じのバンド名は?とフンガイしたのがそもそもの出会いだったように思う。
2009年1月に2ndアルバム『ハイファイ新書』(2009年)がリリースされるやいなや、デビューアルバム『シフォン主義』(2007年)と併せてiTunesStoreアルバムランキングの1、2位を独占(ちなみに3位はEXILE!)。
「STUDIO VOICE」では彼らの特集が組まれ、鈴木慶一、菊地成孔、平田俊子、西島大介といった錚々たるメンバーが寄稿。
大御所ムーンランダースと対バンライヴもやっちゃたりして、あっという間に相対性理論は音楽シーンの最前線に飛び出してきた。こりゃ食わず嫌いで聴かないのはイカンと思い、あわてて彼らのアルバムを拝聴した次第。
うん、なるほど。一聴するとけだるい低血圧型ポップ・サウンドのように思えるが、連譜を多用したリズム・セクションは意外にグルーヴィーだし、ハネるようなベース・ラインも腰に来る。
ファンキーなサウンドと、調整の狂ったアンドロイドのようなやくしまるえつこの無機質ヴォーカルとの落差が、相対性理論というバンドをワン・アンド・オンリーな存在にせしてめている。実際彼らのライヴをWORLD HAPPINESS 2009で観たが、演奏もとても良かったです。
だが好きか嫌いかで言われると、そんなに好きじゃないかも。何というか、彼らのリリック・センスが80年代的な言葉遊びに終始しているような気がしてしまうのだ。
語呂合わせでコトバを重ねて行くコピーライティング技術と、80年代的軽薄さのブレンド。しかも生理的に産み出されたものではなく、計算と打算によって製品化されていることに、抗いきれない嫌悪感を感じる。平たく言えば、「狙ってる感」が濃厚すぎるのだ。
フジカラーで写す 七不思議 ふしぎ
(ふしぎデカルト)
フジカラーという言葉のチョイスが、もう意識的に80年代な気がするんですよね。
「メガネは顔の一部じゃない」
(さわやか会社員)
っていうか、「メガネは顔の一部です~♪」っていう東京メガネのCM、ここ20年ぐらい観た記憶ないぞ!これまた意識的な80年代戦略。
「わたしやめた 世界征服やめた」
(バーモント・キッス)
一転してこれはゼロ年代的。アキバ界隈の方が喜びそうな二次元性ですね。でもやっぱこれも、「昨今の文科系少女はナチュラルボーンでセカイ系なんですよー」ということを隠れ蓑にした、計算と打算をビンビン感じるのであります。
脱力系不思議少女のキッチュな言語感覚、と評してしまうのは容易いが、おそらくこのバンドの正体は極めて理知的で知的なクリエイティブ集団である。彼らが滅多にメディアに露出しないのは、今まで積み上げてきたイメージを担保したいがためだろう。
彼らが奏でるサウンドに、どこか古めかしい俗っぽさを感じるのは、決してDNAレベルでそれが血肉化している訳ではなく、サブカル的な振る舞いによって技術加工された、優れて理知的な戦略によるアウトプットゆえなんである。
- アーティスト/相対性理論
- 発売年/2009年
- レーベル/みらいレコーズ
- テレ東
- 地獄先生
- ふしぎデカルト
- 四角革命
- 品川ナンバー
- 学級崩壊
- さわやか会社員
- ルネサンス
- バーモント・キス
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