2021/8/29

Magic Oneohtrix Point Never/ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー

記憶と未来が交差する瞬間に現れる、不安定な美

『Magic Oneohtrix Point Never』(2020年)は、ダニエル・ロパティン(Oneohtrix Point Never)が自らのキャリアを振り返りつつ、同時にポップと実験音楽の境界を再定義したアルバムである。

ダニエル本人はインタビューで、「Magic 106.7 FMのような、かつて存在したアメリカのラジオ局の響きが好きだった」と語っている。ここでいう「Magic」とは単なる懐古ではなく、ラジオを介して味わう「音楽がもたらす魔法のような瞬間」のことだろう。

しかも、自分のアーティスト名であるpoint never(決して実現しない地点)がタイトルに組み入れられている。つまり、アルバム自体が自分自身の音楽史と個人的記憶がラジオ化されている。ロパティンが「自分の音楽を、架空のラジオ局のように断片化しながら流すことができる」と語った通り、タイトルそのものがアルバムのコンセプトを示唆しているのだ。

FMラジオ的なマジックを、よりパーソナルでシュールな領域に持ち込みこもうとする試み。本作は単なる懐古やジャンルの断片を寄せ集めたコラージュではなく、ポップ・ミュージックを自己反省的に解体する実験である。

『Replica』(2011年)ではテレビCMの断片をサンプリングし、『R Plus Seven』(2013年)ではニューエイジ的なテクスチャーを解体し、『Garden of Delete』(2015年)ではハイパーポップとメタル的歪みを融合させ、『Age Of』(2018年)ではバロック的和声を導入した。

そのような軌跡を経て制作された本作は、音の記憶装置としてのラジオ・フォーマットに回帰。ラジオ局のオンエアを模したジングルやステーションID風のインタールードがところどころに配置され、聴き手はチューニング・ダイヤルを回しながら、様々な時代とジャンルを漂流しているかのような感覚を得る。

特に注目すべきは、冷ややかなデジタル感覚と、1980年代FMポップの温かいメロディラインの交錯。ロパティンはここで、ポップの「なじみ深さ」と実験音楽の「不可解さ」を両立させることに挑戦している。

その象徴が、The Weekndが参加したM-8「No Nightmares」だろう。トップ・オブ・トップのスターを招いているにも関わらず、その声は加工されまくり、夢の中で響くゴーストのようだ。

その目的は、コラボのためのコラボではなく、ポップ・スターを解体して再配置すること。ここでのThe Weekndは「現代ポップの象徴的記号」として機能し、ロパティンの音響的迷宮のなかで幽玄な存在へと変容する。

また、本作にはラジオの終焉への感傷も漂う。SpotifyやYouTubeといったアルゴリズムによる選曲が支配する現在、ラジオの人間的なキュレーションは過去の遺物となりつつある。だがロパティンはその人間的な雑音こそを取り戻そうとする。

曲間に挟まれる不自然なジングルやフェードアウトは、むしろその不完全さによって人間味を帯び、アルバムに放送という時間性を刻印する。彼はインタビューで「アルバムをエンドレスなラジオ放送として体験してほしかった」と語っており、この形式はストリーミング時代におけるアルバムの在り方への批評とも言える。

サウンドは、いつものロパティン節。彼特有の不協和音と甘美な旋律が随所に見られる。ポップ的コード進行に突如不意打ちのような転調や減七和音が挿入され、聴き手は快楽と違和感を往復することになる。リズムは多くの場面でグリッチ的に崩壊し、同期の外れたドラム・マシンが曲の輪郭を撹乱する。

その一方で、シンセサイザーの広大なアンビエンスが包み込み、ラジオのザッピング体験を夢幻的なものへと昇華する。この「ポップの約束事を壊しつつも、なお耳に残る旋律を与える」バランス感覚こそ、ロパティンの比類なき手腕である。

『Magic Oneohtrix Point Never』は、単なるセルフ・レトロスペクティブではなく、ポップ・ミュージックが自らを省察するという、稀有な実験である。FMラジオの黄金時代の残響を借りつつ、それをデジタル時代の不安と交差させることによって、ロパティンは「ポップとは何か」を根底から揺さぶるのだ。

そこに鳴り響くのは懐古でも賛美でもなく、むしろ「記憶と未来が交差する瞬間に現れる不安定な美」であり、彼のキャリア全体を貫く問い――「テクノロジー時代に音楽はいかに記憶を保持し得るのか」――への応答でもあるのだ。

DATA
  • アーティスト/ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー
  • 発売年/2020年
  • レーベル/WARP
PLAY LIST
  1. Cross Talk I
  2. Auto & Allo
  3. Long Road Home
  4. I Don’t Love Me Anymore
  5. Bow Ecco
  6. The Whether Channel
  7. No Nightmares
  8. Cross Talk II
  9. Tales from the Trash Stratum
  10. Answering Machine
  11. Imago
  12. Cross Talk III
  13. Wave Idea
  14. Nothing’s Special