『Dinner Party』(2020年/ディナー・パーティ)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Dinner Party』(2020年)は、キーボード奏者のロバート・グラスパー、サックスおよびマルチ奏者のテラス・マーティンとカマシ・ワシントン、そしてヒップホップ・プロデューサーの9thワンダーによって結成された同名のスーパーグループが発表したデビュー・アルバム。先行シングルとして配信された「Freeze Tag」をはじめ、収録された全6曲の大半においてシカゴ出身のアーティストであるフェリックスがボーカルやコ・プロデュースで参加。本作は第63回グラミー賞において最優秀プログレッシブ・R&B・アルバム賞にノミネートされたほか、同年にはスヌープ・ドッグやハービー・ハンコックらが新たに参加したアレンジ版『Dinner Party: Dessert』がリリースされた。
- Pitchfork:The 50 Best Albums of 2020 第28位
- Rolling Stone:The 50 Best Albums of 2020 第42位
ブラック・ミュージックの神々が集う奇跡の食卓
ディナー・パーティ。現代の音楽シーンにおいて、これほどまでに贅沢で、これほどまでに恐ろしいポテンシャルを秘めたユニットは存在しないのではないか?
テラス・マーティン、ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン、そして9thワンダー。この四人の名前を並べただけで、ブラック・ミュージックの歴史と現在地がすべて説明できてしまうじゃないか。
彼らのデビュー・アルバム『Dinner Party』(2020年)は、ジャズ、ヒップホップ、ネオ・ソウルというジャンルの壁を軽々と飛び越え、新たな音楽の生態系そのものを創り出してしまった、歴史的事件だ。
そもそも、この四人が一つのスタジオに集まること自体がアベンジャーズ級の奇跡。ケンドリック・ラマーの歴史的名盤『To Pimp a Butterfly』(2015年)の骨格を築き上げたマーティンとワシントン。
現代ジャズのフォーマットをヒップホップ的感性で完全に塗り替えたグラスパー。そして、サンプリング芸術の極北に君臨し続ける伝説的プロデューサーの9thワンダー。
彼らは長年の友人であり、お互いの才能を知り尽くしたブラザーだ。だからこそ、本作のサウンドにはエゴのぶつかり合いによるノイズが一切存在しない。あるのはただ、最高純度のリスペクトと、共に音を鳴らすことの無上の喜びだけ。
オープニングを飾る「Sleepless Nights」 から、鼓膜を撫でる極上のシルキー・サウンド。ワシントンのサックスが夜霧のように空間を漂い、フィーリックスの甘いヴォーカルがそこに柔らかく着地。そして、9thワンダーの揺るぎない太いビートが楽曲の背骨をガッチリと支える。
この音の質感は、ディアンジェロが『Voodoo』(2000年)で到達した漆黒のグルーヴを、さらに未来の都市へとアップデートさせたかのよう。音楽理論の小難しい理屈など知らなくても、この音符の隙間に宿る魔法は、一瞬で聴く者のDNAへと直接アクセスしてくる。
彼らが奏でるアーバンでメロウなサウンドの底流には、ストリートで培われた生々しい息遣いと、アメリカという国家が抱える深い闇に対する鋭利な眼差しが確実に息づいている。
彼らは「ディナー・パーティ」という名のもとに、気の置けない仲間たちと食卓を囲むような親密な空間を築き上げた。それは外の世界のノイズから魂を守るための、彼らなりの防空壕であり、同時に次なる文化の爆発に向けた静かなる作戦会議室なのである。
凍てつく社会とメロウな抵抗のグルーヴ
リリースされた2020年は、新型コロナウイルスによるパンデミックが世界を分断し、ジョージ・フロイドの死を契機としたブラック・ライヴズ・マター運動がアメリカ全土を激しく揺るがしていた。
社会全体が怒りと悲しみで暴発寸前だった時期に、彼らはあえてこの上なく優しく、メロウな本作を世に放つ。だがこれこそが、最も高度で痛烈なポリティカル・アクションだったのだ。
その真骨頂が、アルバムの中核を成すキラー・チューン「Freeze Tag」。温かく揺蕩うようなギターのループと、グラスパーの流麗なピアノの旋律。一聴すると休日の午後にまどろむような極上のリラックス・ソングだ。
しかし、フィーリックスが歌い上げるその歌詞は、あまりにも残酷なアメリカの現実を切り取っている。「彼らは俺のことが分かっていない、俺が何者なのか」「手を挙げろと言われたら、撃たれないように従うしかない」。これは、日常的に不当なプロファイリングと警察の暴力に晒され続ける黒人の若者たちの、終わりのない恐怖の告白である。
彼らは怒りを声高に叫ぶアジテーションではなく、この残酷な現実を「フリーズタグ(氷鬼ゲーム)」という子供の遊びに例えることで、事態の異常性を際立たせた。
メガホンを握ってストリートを行進するのではなく、極上のグルーヴで聴く者の心を丸裸にし、その無防備な心臓に冷たい現実のナイフを突き立てる。
これほどまでに恐ろしく、これほどまでにエレガントなプロテスト・ソングがかつて存在しただろうか。 音楽の美しさと現実の醜悪さが同居するこの強烈なコントラストは、聴く者にチクチクと刺さるような痛みと、深い思考を同時に強要してくる。
ワシントンの妹であるアマニ・ワシントンが手がけたアートワークも、このアルバムの精神性を完璧に象徴している。色鮮やかで素朴な筆致で描かれた人々の横顔は、家族的な温もりを感じさせると同時に、黒人コミュニティが連綿と受け継いできた「サバイブするための絆」を静かに物語っている。
彼らは暴力の連鎖に対して、圧倒的な「愛」と「美」を提示することで抵抗を試みた。世界が凍りついているからこそ、彼らは自分たちのルーツであるブラック・ミュージックの炎を燃やし、その熱で凍てついた社会のシステムを内側から溶かそうとしたのだ。
ヒップホップ的過剰さが生み出す至高のデザート
そして、この奇跡の晩餐会には、常識をブチ破る驚愕のおかわりが用意されていた。本編のリリースからわずか数ヶ月後に投下されたEP『Dinner Party:Dessert』(2020年)である。
タイトルこそ「デザート」などと可愛らしい名前がついているが、これは単なるリミックス盤やアウトテイク集などではない。前作のメロウな骨格を維持しつつ、ヒップホップの過剰なエネルギーを限界まで注入して再構築した、全く新しい作品なのだ。
参加ゲストのリストを見ただけで、卒倒しそうになる。スヌープ・ドッグ、ハービー・ハンコック、ビラル、コーデー、タンク、バスタ・ライムス!マーティンがこれまで築き上げてきた最強の人脈が、惜しげもなくこの一枚に叩き込まれている。
特に「Freeze Tag」のリミックスに客演したコーデーのラップは出色の出来。オリジナル版が持っていた静かなる諦念を切り裂くように、若きラッパーが直截的な言葉で社会の不条理に牙を剥く。ジャズの流麗なグラデーションの上に、ヒップホップの鋭角的な言葉の刃が見事に突き刺さる(最高だ)。
さらに驚異的なのが、スヌープ・ドッグとビラルが参加した「Love You Bad」。西海岸のヒップホップの首領と、ネオ・ソウル界の異端児が、グラスパーとワンダーの極上トラックの上で交わる。ここでは世代もジャンルも完全に溶解し、ただ純粋なブラック・ミュージックの快楽だけが空間を支配しているのだ。
そして極めつけは、生ける伝説ハービー・ハンコック。マイルス・デイヴィスの時代からジャズと他ジャンルの融合の最前線を切り拓いてきた巨神が、現代のトップランナーたちと肩を並べて音を鳴らす。これこそが、音楽という文化が血脈のように受け継がれていく歴史的証明そのものではないか。
『Dessert』が提示したのは、洗練や抑制をかなぐり捨てた、ヒップホップ的な過剰さの肯定である。本編が内省的でパーソナルな癒しの空間だったとすれば、本作はドアを蹴破ってストリートの仲間たちを全員招き入れた、狂乱のブロック・パーティーだ。
彼らはジャンルの境界線を徹底的に曖昧にし、過去の偉大な遺産と未来の可能性をこの一枚のディスクの中にギュウギュウに詰め込んでみせた。この圧倒的な豊穣さと贅沢さこそが、現代のブラック・ミュージックが到達した最強の現在地なのである。
参考文献・出典
- アーティスト/ディナー・パーティ
- 発売年/2020
- レーベル/サウンズ・オブ・クレンショー、エンパイア
- ジャンル/R&B、ジャズ、ヒップホップ、ネオソウル
- プロデューサー/テラス・マーティン、ロバート・グラスパー、9thワンダーワンダー、カマシ・ワシントン
- 1. Sleepless Nights (feat. フェリックス)
- 2. Love You Bad (feat. フェリックス)
- 3. From My Heart and My Soul (feat. フェリックス)
- 4. First Responders
- 5. The Mighty Tree (feat. カマシ・ワシントン)
- 6. Freeze Tag (feat. フェリックス)
- 7. LUV U
- Dinner Party(2020年)
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