2026/4/22

『Eutopia』(2018)徹底解説|MPCのグルーヴと多彩なゲストが交差する、現代ビート・ミュージックの金字塔

『Eutopia』(2018年/STUTS)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
8
GOOD

受賞歴
  • 2019年SPACE SHOWER MUSIC AWARDS:BEST GROOVE ARTIST
目次

MPCを楽器へと昇華させた特異な身体性

当たり前の話だけれど、サンプラーという機材はあくまでトラックメイクのためのツールであって、本来はリアルタイムに演奏するための道具ではない。

だが、16個のドラムパッドを搭載したAKAIのMPCをまるで打楽器のように自在に操り、その場で生きたビートを叩き出してしまう猛者がいる。それがトラックメイカーでありMPCプレイヤーのSTUTSだ。

彼の存在が一般の音楽ファンに広く知れ渡る決定的な契機となったのは、星野源のヒット曲『アイデア』(2018年)だろう。2番以降で楽曲のアレンジがガラリと変貌し、サンプラーによるストリート感あふれる打ち込みサウンドになる痛快な展開に驚かされた人も多いはず。

ミュージックビデオの背後でMPCを嬉々として叩いていたあの青年こそが、彼だったのである。僕もあの楽曲の鮮やかな展開で、彼の卓越したリズム感とセンスにすっかり魅了されてしまった一人だ。

デビューアルバム『Pushin’』(2016年)で日本のヒップホップ界隈にさわやかな旋風を巻き起こした彼が、その類まれなる真価をいよいよ本格的に発揮し、自身の音楽世界を大きく拡張してみせたのが、このセカンドアルバム『Eutopia』(2018年)である。

極彩色のゲストとエキゾチックな音景

既存の音源を切り貼りするサンプリング主体のビートメイクが中心だった前作に比べて、今作の最大の特徴は、生楽器のサウンドを全面的にフィーチャーしている点にある。

とはいえ、ただのオーソドックスなバンドサウンドになったわけではない。STUTSは親交のある凄腕のミュージシャンたちをスタジオに招いて実際にセッションをおこない、そこで録音された生演奏の音源を自らMPCに取り込み、チョップして再構築していくという非常に手間のかかる手法をとっているのだ。

単純に過去のレコードからサンプリングするのではなく、いわば未来のサンプリング素材を自分たちでゼロから演奏して作り上げている。だからこそ、このアルバムから鳴ってくるビートには、打ち込み特有の冷たさや機械的な硬さが一切ない。生

打ち感のあるドラムの揺らぎがたまらなく心地よく、ドクター・ドレーに強い影響を受けたと公言しているだけあって、随所で鳴り響くアナログライクな温かなシンセサイザーの音色も極上だ。

密室での孤独な作業から飛び出し、他者とのセッションを通してビートを組み上げるというアプローチが、本作に圧倒的な血の通ったダイナミズムを与えている。

そして見逃せないのが、彼のもとに集結したゲスト陣の豪華さと多様さ。鎮座DOPENESS、Campanella、C.O.S.A.、KID FRESINO、JJJ、仙人掌といった現在のジャパニーズヒップホップ界を牽引する強者ラッパーたちから、一十三十一、asuka ando、Maya Hatchといった魅力的なシンガー。

さらには、ペトロールズの長岡亮介やタイ出身のシンガーソングライターであるプム・ヴィプリットまで!ヒップホップ好きはもちろん、すべてのポップスファンにとってたまらないメンツが顔を揃えている。

アルバムの構成も実に鮮やかだ。まるでマーティン・デニーのラウンジミュージックのごとくエキゾチックな『Eutopia Intro』で幕を開けると、続くプム・ヴィプリットを迎えた『Dream Away』では、ゆるふわでジャジーなテイストのネオソウルを展開し、さらに『Ride』ではG.RINAや仙人掌らを交えてゴキゲンなヒップホップへとシームレスになだれ込んでいく。

この序盤の流れだけでも、音楽的な快楽に悶絶してしまうこと必至だ。

中盤以降も、ボサノヴァの心地よい風が吹く『Paradise』や、アシッドジャズの洗練を感じさせる『Circle Interlude』など、歌モノとインストゥルメンタルが絶妙な塩梅で配置されている。

ヒップホップのフォーマットを軸にしながらも、ジャンルという垣根を軽々と飛び越え、バリエーションに富んだ極彩色のサウンドが次々と耳を喜ばせてくれるのだ。

温かなパーソナリティが滲む理想郷の完成

さまざまなバックグラウンドを持つミュージシャンやラッパーたちが集い、ひとつの強靭なグルーヴの下で自由に音を鳴らす。ソロワークでありながら、他者との有機的なセッションから生まれた『Eutopia』は、まさにSTUTSというひとりの青年の音楽への深い愛情と、人懐っこく温かなパーソナリティがそのまま音の波となって滲み出たような傑作である。

トラックメイカーが単なる裏方のビート職人ではなく、自らが中心となって素晴らしい音楽の理想郷を築き上げることができるのだと、彼はこのアルバムで高らかに証明してみせた。

生演奏の豊かな息遣いとヒップホップの構築美が見事に融合した本作は、何度聴き返しても新しい発見があり、聴く者の心を穏やかに弾ませてくれる魔法のような一枚だ。

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. Eutopia Intro
  2. 2. Dream Away (feat. プム・ヴィプリット)
  3. 3. Ride (feat. G・ヤマザワ,仙人掌 & マイア・ハッチ)
  4. 4. Pursuit
  5. 5. Breeze (feat. ダイチ・ヤマモト)
  6. 6. Paradise (Ever Green)
  7. 7. Sticky Step (feat. 鎮座DOPENESS & カンパネルラ)
  8. 8. Circle Interlude
  9. 9. Above the Clouds (feat. 長岡亮介,C.O.S.A. × KID FRESINO & アスカ・アンドウ)
  10. 10. Never Been
  11. 11. Voyager
  12. 12. FANTASIA (feat. 一十三十一)
  13. 13. Eutopia
  14. 14. Eternity
  15. 15. Changes (feat. JJJ)
STUTS アルバムレビュー