「戦後最大のポップアルバム」と銘打たれた、渡辺美里の代表作
僕の中学時代、最大のポップ・スターは渡辺美里だった。スクールカーストを飛び越え、ジェンダーを飛び越え、ツッパリもオタクも飛び越え、本当にみんな聴いていた。
彼女の歌うナンバーに自分たちのスクール・デイズをオーバーラップさせて、少年少女たちは学園生活をカラフルに彩っていたのである。はい、恥ずかしながらラジカセで繰り返し聴いてましたよ、ワタクシも。
改めて申し上げるのも気がひけるくらいだが、渡辺美里はガールズポップの偉大なる先駆者だった。アルバム・オリコン1位を9つも獲得した、超ヒット・ミュージシャンであった。
その成功の最大の理由は、豪華すぎる作曲陣にある。例えばデビューアルバム『eyes』(1985年)には、小室哲哉、木根尚登、岡村靖幸、大江千里、白井貴子と、EPIC・ソニーに所属の錚々たるミュージシャンたちが名を連ねていた。
とはいえ、名声を確立していた大御所ばかりを揃えた訳ではない。当時のTM NETWORKはブレイク前だし、岡村靖幸はソロ・デビューすらしていなかった。プロデューサーの慧眼が光る大抜擢だったんである。
さて、『ribbon』(1988年)である。アルバムのキャッチコピーには「戦後最大のポップアルバム」とあるが、その美辞麗句も過言ではないと思わせるくらい、傑出した作品に仕上がっている。
TM色や大江千里色が出すぎることがない、実にバランスのいい作品なのだ。作曲陣を見ていこう。
- 『センチメンタル カンガルー』 作曲/佐橋佳幸
- 『恋したっていいじゃない』 作曲/伊秩弘将
- 『さくらの花の咲くころに』 作曲/木根尚登
- 『Believe』 作曲/小室哲哉
- 『シャララ』 作曲/岡村靖幸
- 『19才の秘かな欲望』 作曲/岡村靖幸
- 『彼女の彼』 作曲/佐橋佳幸
- 『ぼくでなくっちゃ』 作曲/渡辺美里
- 『Tokyo Calling』 作曲/伊秩弘将
- 『悲しいね』 作曲/小室哲哉
- 『10 years』 作曲/大江千里
M-1『センチメンタル カンガルー』は、松たか子の旦那こと佐橋佳幸が担当。オープニングにふさわしい疾走感溢れるナンバーで、冒頭から華やかなホーン・セクションが気分を盛り上げる。そういやこの時代は、どのアルバムでも清水信之がホーン・アレンジだったなあ。
M-2『恋したっていいじゃない』は、後にSPEEDの音楽プロデューサーを務めることになる伊秩弘将。M-1からさらにBPMを爆上げしたファンク・チューンだ。「D・A・T・E」の連呼には岡村ちゃんも参加しているが、明らかに半拍くらい前に突っ込んでいる感じがイイ。
M-3『さくらの花の咲くころに』は、我らが木根尚登。この人はこういうセンチメンタルなミドルテンポ・ナンバーを書かせると本当にうまい。
M-4『Believe』で、真打ち小室哲哉が登場。初っ端のピアノ・ソロからクラシックの素養を感じさせる。鬱屈したBメロから、一気に解放されるサビへの展開は天才的としか言いようがない。「ハレとケ」を絵に描いたようなナンバー。
そしてM-5『シャララ』、M-6『19才の秘かな欲望』は岡村ちゃん。『イケナイコトカイ』とか『聖書 (バイブル)』といったソロ・ワークスの変態性はあえて封印し、一職人としてソングライティングに徹している。
M-7『彼女の彼』は、再び佐橋佳幸。小林武史が岩井俊二作品のために書き下ろしたかのような、文学性と叙情性にあふれている。個人的に最も愛聴しているナンバーでもあります。
M-8『ぼくでなくっちゃ』は、渡辺美里自身が作曲したナンバー。アルバムの中で最もエレクトロニカ色が強い作品で、コシミハルのようなエレポップ好きにはたまらない一曲。
M-9『Tokyo Calling』は再び伊秩弘将。公害問題を扱った異色作で、坂本龍一のようなアーシーなアレンジが、とっても’80年代的。テーマがテーマだが、憂いを帯びさせることなく、暗くなりすぎることもなく、真摯に歌い上げるのが美里流。
M-10『悲しいね』は、再び小室哲哉。M-4『Believe』と同じく、マイナーコードのダウナーな展開から、サビになると高揚感が爆発する構成には舌を巻く。
そして、M-11『10 years』は、大江千里。アルバムのラストを飾るにふさわしい、エヴァーグリーンな輝きに満ちた佳曲。
全体的を通して聞いてみると、ラウドな唸りを上げるギターが、要所を引き締めていることに気づく。あまり意識されないが、意外にもロック・テイストなアルバムなのだ。そしてたぶんエレクトリック・ギターが奏でる響きが、青春そのものの音なんである。
- アーティスト/渡辺美里
- 発売年/1988年
- レーベル/EPIC・ソニー
- センチメンタル カンガルー
- 恋したっていいじゃない
- さくらの花の咲くころに
- Believe
- シャララ
- 19才の秘かな欲望
- 彼女の彼
- ぼくでなくっちゃ
- Tokyo Calling
- 悲しいね
- 10 years
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