ノーカントリー/コーエン兄弟

ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]

「血と暴力の国」をスクリーンに現出させた、ゼロ年代の暗黒絵巻

【思いっきりネタをばらしているので、未見の方はご注意ください。】

『バートン・フィンク』(1991年)にせよ、『ファーゴ』(1996年)にせよ、そして『ビッグ・リボウスキ』(1998年)にせよ、コーエン兄弟の基本戦略は、特異なシチュエーションに特異なキャラクターをはめ込んで、そこから生成されるドラマをねじれたユーモアセンスで包み込む説話法にある。

独特のアングルでキャラクターの内面を顕在化・拡大化させ、ウィアードな作品世界を構築する訳だが、その「ヘンだろ、ヘンだろ」というアイ・ポジションが、どうにも僕には彼らの自意識の高いナルシズムのように感じられて、辟易させられることしばしばであった。

が、しかし。本命不在といわれた第80回アカデミー賞で、最優秀作品賞を受賞した『ノーカントリー』(2007年)には、今までのようなセンス・オブ・ユーモアは皆無。テキサスの荒涼とした砂漠を舞台にした神話的世界、鋭利なカミソリのごとくソリッドで冷徹な語り口。

全編にわたって劇伴は流されず、自然音のみで構築されたサウンドトラックが、ヒリヒリした緊張感を保証する。ピューリッツァー賞作家コーマック・マッカーシーの小説『血と暴力の国』を原作に、コーエン兄弟は黄砂色のフィルム・ノワールを創り上げた。

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)
『血と暴力の国』(コーマック・マッカーシー)

コーエン流諧謔精神を排除することによって、生々しいほどの存在感を得たのが、超鬼畜アサシン・キャラのアントン・シガー(ハビエル・バルデム)だ。ウッディ・ハレルソン演じる殺し屋が彼を「一切のユーモアを解さない男」と評したが、まさに言い得て妙。

実生活ではペネロペ・クルスと結婚生活を営むスペイン生まれのナイスガイ、ハビエル・バルデムの超絶演技は、健全な精神をテッテー的に嘲笑し、侮蔑し、破壊する。

特に冒頭、自らにはめられた手錠で警官を絞殺するシーンの凄まじさ!オーガズムに達したかのような恍惚スマイルに、小生驚愕。巻頭5分にして、僕は本作が傑作であることを確信する。

世界に災厄をもたらす“悪鬼”シガーは、コインの表裏で他人の人生を強制サドンデスに陥れる。死、死、死、死。繰り返される死の反復。冒頭から凄惨な殺人シーンを容赦なく挿入してきたコーエン兄弟は、やがて死を単純化=簡略化させていく。

主人公(であるはずの)ジョシュ・ブローリンの決定的な殺害シーンはオミットされ、その妻カーラ・ジーンの殺害シーンも、シガーの「返り血がついていないかどうか靴の裏を見る」という動作で、暗示されるのみ。アンチ・ドラマティックな死が、小石のように道端に転がっている。その圧倒的なシニカリズム。

すでに多くのレビューで指摘されているように、都市部ではない郊外を舞台に、警察官が悪党を追跡するという図式は、彼らの代表作『ファーゴ』に酷似している。

だが、作品としてのニュアンスは全く違う。一年中雪に覆われ、外界と切断されれているノースダコタ州ファーゴは、イージーゴーイングなお気楽体質と、能天気なほどの共同体主義が支配する世界だった。

しかし、『ノーカントリー』の舞台となる80年代テキサス州は、暴力と死、そして絶望が侵食した世界。『ファーゴ』の女性警官役のフランシス・マクドーマンドは、世界をポジティヴに捉えていたが、『ノーカントリー』の捜査官を演じるトミー・リー・ジョーンズは、あくまで世界をシニカルに捉えている。

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『ファーゴ』(コーエン兄弟)

この物語に希望の光は差し込まない。ラストシーンで、

雪山で馬に乗っていると、顔を伏せて松明を持った父が通り過ぎて行った。父は冷たい闇の中で焚き火をともしながら、自分が来るのを待っていることだろう

というトミー・リー・ジョーンズの夢の話が出てくるが、おそらくこれは世界の救済を暗示したものではないだろう。

同じ保安官で、自分よりも20歳も若くこの世を去った父親との邂逅は、死の淵のように暗く静けさに満ちた「アナザー・カントリー」でしか成就できない。法の番人であるトミー・リー・ジョーンズは最後まで殺人鬼アントン・シガーと対決することなく、この世界が「血と暴力の国」に変質していくのを淡々と黙認していった。

救いようのない絶望をホープレスに描ききったという意味で、『ノーカントリー』はゼロ年代の暗黒絵巻としての強度を勝ち得ている。

DATA
  • 原題/No Country For Old Men
  • 製作年/2007年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/122分
STAFF
  • 監督/ジョエル・コーエン
  • 脚本/ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
  • 製作/イーサン・コーエン、スコットー・ルーディン
  • 原作/コーマック・マッカーシー
  • 撮影/ロジャー・ディーキンス
  • 音楽/カーター・バーウェル
  • 美術/ジェス・ゴンコール
  • 衣装/メアリー・ゾフレス
CAST
  • トミー・リー・ジョーンズ
  • ジョシュ・ブローリン
  • ハビエル・バルデム
  • ウッディ・ハレルソン
  • ケリー・マクドナルド
  • テス・ハーパー
  • バリー・コービン
  • スティーヴン・ルート

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