HOME > MOVIE> 『奥さまは魔女』(2005)ロマコメの女王はなぜ失敗したのか?「魔法」が恋を殺した皮肉な真実

『奥さまは魔女』(2005)ロマコメの女王はなぜ失敗したのか?「魔法」が恋を殺した皮肉な真実

『奥さまは魔女』(2005)
映画考察・解説・レビュー

3 BAD

『奥さまは魔女』(原題:Bewitched/2005年)は、ノーラ・エフロン監督によるテレビシリーズのリメイク作品。ニコール・キッドマンとウィル・フェレルの共演で“魔法のような恋”を描くが、メタ構造の迷走と温度差のある演技がかみ合わず、ロマコメ衰退期の迷走を象徴する結果となった。

ノーラ・エフロンが「本物の魔法」に敗北した日

2000年代前半、ハリウッドは空前の「TVドラマ・リメイク病」に侵されていた。『チャーリーズ・エンジェル』や『スタスキー&ハッチ』といった過去の遺産を、現代風のスパイスで焼き直す。その巨大な潮流の中で、ロマコメ界の絶対王者ノーラ・エフロンが手を出したのが、あの伝説のシットコム『奥さまは魔女』である。

エフロンはこの企画を単なるリメイクではなく、自らの作家性の集大成にしようとしていた。彼女がこれまでの傑作『めぐり逢えたら』や『ユー・ガット・メール』で描いてきたのは、現実世界にふりかかる、魔法のような恋の偶然。

だが本作では、あろうことか「本物の魔女の魔法」を可視化するという禁じ手に打って出る。しかし、現実の魔法がCGギミックとして画面に溢れた瞬間、彼女が最も得意としていた「運命の微かな震え」は消し飛び、映画は空虚なファンタジーへと堕落してしまった。

ロマコメの神様が「本物の魔法」という安直な杖を振るった時、恋の魔法は死んだ。この失敗は、ジャンルの女王が自らの魔法の種明かしを誤った、映画史に残る痛恨のミスではないか。

劇中劇が招いた「設定の過積載」と、アーサーおじさんの悲劇

本作の最大の特徴であり、最大の敗因。それが「ドラマ版を撮影する俳優たちの物語」というメタフィクション設定だ。

ウィル・フェレル演じる落ち目のスターが、新番組の主役に抜擢したイザベル(ニコール・キッドマン)が本物の魔女だった……。この洒落た設定に、エフロンはさらに「魔法を使わず真実の愛をつかめるか」という哲学的な問いを乗せようとする。だが、この設定が現場を大混乱に陥れていた。

脚本は二転三転し、物語の焦点もぼやけまくり。イザベルが人間として生きようと決意したはずなのに、鼻をピクつかせて時間を止め、自分に都合のいいように世界を改変しまくる。これでは「真実の愛」もヘッタクレもない。

さらに、マイケル・ケインやシャーリー・マクレーンといった重鎮を配しながら、彼らの「実は魔法使い」という設定は物語の肝に一切絡まず、挙句の果てにはスティーヴ・カレル演じるアーサーおじさんが、脈絡もなく異次元から召喚される始末。

設定の過積載によって、物語という名の列車は脱線し、観客は「何を見せられているんだ?」という猛烈な虚無感に襲われる。メタ構造という名の迷宮に、エフロン自身が迷い込んでしまった。

「最悪カップル賞」に輝いた温度差の正体

キャスティングの妙も、本作では見事なまでに「不協和音」として響き渡ってしまっている。

主演のニコール・キッドマンは、オリジナル版のエリザベス・モンゴメリーに寄せるため、鏡の前で何百時間も「鼻をピクつかせる特訓」を重ねた。その気品と美貌は完璧だったが、彼女の演技はどこまでも「正統派」の温度。

それに対し、相手役のウィル・フェレルは、サタデー・ナイト・ライブ仕込みの「過剰なアドリブ」と「ドタバタ喜劇のハイテンション」で場をかき回した。

実際、二人の演技プランは最後まで一度も噛み合うことがなかったという。キッドマンがロマンティックな魔法を信じようとする傍らで、フェレルは叫び、のたうち回り、独り舞台を演じ続ける。この決定的な温度差が、ゴールデンラズベリー賞での「最悪カップル賞」受賞という悲劇を招いた。

さらに致命的なのは、オリジナルの『奥さまは魔女』が持っていた「家庭内での女性の隠された能力」というジェンダーの寓話性を、本作が完全に放棄してしまったことだ。

60年代のサマンサは抑圧された女性の力の象徴だったが、2005年のイザベルはただの「ワガママな魔法少女」に矮小化されている。時代のニーズを読み違え、キャラクターの魂を削ぎ落としたツケは、あまりにも大きかった。

ロマコメ時代の終焉!エフロンが残した「魔法の残骸」と、ジャンルの黄昏

本作が製作された2005年。それは、かつてハリウッドを席巻したロマンティック・コメディというジャンルが、急速にその魔法を失いつつあった時期だ。

観客の嗜好はより刺激的なスーパーヒーローものや、ド派手なアクションへと移行し、エフロンが愛した「言葉のキャッチボールと偶然の奇跡」という作法は、古い時代の遺物として扱われ始めていた。

『奥さまは魔女』は、そんな時代の黄昏に抗うように放たれた一撃だったが、結果的に「知名度への依存」と「演出の迷走」を晒し、ジャンルの衰退を加速させる象徴となってしまう。

エフロンほどの巨匠であっても、時代の風向きを見誤れば魔法は解けてしまうのもの。しかし、この失敗作から学べる教訓は多い。それは「恋の魔法とは、画面で見せる特撮ではなく、観客の心の中で完成させるもの」だという真理だ。

CGで皿を浮かせるよりも、夕暮れの街角でふと目が合う瞬間を撮るほうが、遥かに強力な魔法になり得る。ノーラ・エフロンが最後に残したこの「魔法の残骸」は、ラブコメというジャンルが再生するために避けては通れない、重すぎる教訓として今も映画史の片隅に横たわっている。

DATA
  • 原題/Bewitched
  • 製作年/2005年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/103分
  • ジャンル/恋愛、コメディ、ファンタジー
STAFF
  • 監督/ノーラ・エフロン
  • 脚本/ノーラ・エフロン、デリア・エフロン
  • 製作/ノーラ・エフロン、ルーシー・フィッシャー、ペニー・マーシャル
  • 撮影/ジョン・リンドレイ
  • 音楽/ジョージ・フェントン
  • 編集/ティア・ノーラン
  • 美術/ニール・スピサック
  • 衣装/メアリー・ゾフレス
CAST
  • ニコール・キッドマン
  • ウィル・フェレル
  • シャーリー・マクレーン
  • マイケル・ケイン
  • ジェイソン・シュワルツマン
  • クリスティン・チェノウィス
  • ヘザー・バーンズ
  • ジム・ターナー
  • スティーヴン・コルバート
  • スティーヴ・キャレル
FILMOGRAPHY