HOME > MOVIE> 『遥かなる大地へ』(1992)70mmに刻まれた、トム&ニコールの開拓神話

『遥かなる大地へ』(1992)70mmに刻まれた、トム&ニコールの開拓神話

『遥かなる大地へ』(1992)
映画考察・解説・レビュー

8 GOOD

『遥かなる大地へ』(原題:Far and Away/1992年)は、ロン・ハワード監督が手がけ、トム・クルーズとニコール・キッドマンが共演した歴史ロマン。19世紀末のアイルランドで貧しい農家の青年ジョセフ(トム・クルーズ)は、地主階級の娘シャノン(ニコール・キッドマン)と出会い、土地への執着と自由への憧れを胸にアメリカへ渡る。新天地ではボクシングで生計を立てながらも、土地を賭けた開拓競争“ランドラッシュ”に挑む運命に導かれていく。

アメリカ神話としてのハネムーン

『遥かなる大地へ』(1992年)は、トム・クルーズとニコール・キッドマンという、銀幕の神々に愛された二人の私小説であり、同時にハリウッドが最後に見たアメリカの夢そのものだ。

1990年の『デイズ・オブ・サンダー』で運命の出会いを果たし、クリスマスイヴに電撃結婚。そのわずか2年後、新婚の熱狂が冷めやらぬ中で企画された本作に、ロン・ハワード監督は驚くべき仕掛けを用意した。

デイズ・オブ・サンダー
トニー・スコット

それが、デヴィッド・リーンの『ライアンの娘』(1970年)以来、実に20年以上も途絶えていた「純粋な70mmフィルムでの撮影」という暴挙である。当時すでに主流から外れていた巨大な70mmカメラを扱うために、引退していたベテラン技師たちを呼び戻したという。

70mmとは、単なる解像度の問題ではない。それは映画を祝祭へと変えるための巨大な装置だ。ハワードは、アイルランドの貧しい小作農ジョセフ(トム)と上流階級の娘シャノン(ニコール)が、新天地アメリカで自らの土地を奪い取る物語に、これ以上ない「スケールの美学」を与える。

撮影現場での二人の仲睦まじさはスタッフの間でも伝説だが、実際には過酷極まりないロケだった。特にアイルランドの海岸線での撮影では、吹き荒れる暴風雨の中で二人は震えながら、互いの体温だけを頼りに愛を語り合ったという。

19世紀末の開拓神話と、90年代セレブリティの蜜月――この二重構造こそが、本作を唯一無二のロマン主義へと押し上げているのだ。

ジョン・フォードの亡霊への挑戦状

ロン・ハワードはこの作品で、失われつつあった「アメリカ映画の美徳」を現代に蘇らせようとした。それは、巨匠ジョン・フォードが『駅馬車』(1939年)や『荒野の決闘』(1946年)で描き出した、自由・信念・開拓という名の高潔なスピリットである。

駅馬車
ジョン・フォード

ハワードは、単なるオマージュに留まらず、かつて国民的記憶を形成したフロンティア叙事詩を、スターのアウラによって更新しようと企てたのだ。

特筆すべきは、クライマックスのランドラッシュのシーン。オクラホマの広大な平原を舞台に、数千人のエキストラ、800頭以上の馬、200台以上の荷馬車が疾走するこの場面、ハワードはCGを一切使わず、本物の群衆を動かして撮り上げた。

70mmの巨大な画面に展開される馬蹄の轟音、舞い上がる砂塵、そして土地を求めて命を懸ける移民たちの欲望のうねり。これこそが、映画が「体験」であった時代の正統な後継者ではないか。

実は、この撮影中にトム・クルーズは落馬の危機に瀕していたという。しかし彼は撮影を止めず、そのまま芝居を続けた。その一瞬の危うささえも、ハワードは「開拓者の野生」としてフィルムに焼き付ける。

彼は常にジョン・フォードの「地平線の配置」を意識していたという。空を広く取るか、大地を広く取るか。その選択一つが、アメリカという理念の重さを決定づける。

ハワードはこの「スケールの暴力」を使い、トムとニコールという理想的なカップルを、国家の創生神話の一部として組み込んだ。個人の愛が、大地の所有という野心と重なり合う。

この構造こそが、90年代の観客に「かつてアメリカには、追いかけるべき夢があった」ことを思い出させたのである。

アイルランドの血と上昇する男の原型

主人公ジョセフを演じるトム・クルーズ自身、アイルランド移民を祖先に持つ。彼の身体には、支配階級への反発と、自らの力で上昇しようとする生存本能の記憶が宿っている。

だからこそ、泥にまみれ、ボクシングに明け暮れ、がむしゃらに前へ進むジョセフの姿は、トム・クルーズというスタアのセルフ・ポートレート(自画像)そのものに見えるのだ。

トムの持つ「上昇する男」のエネルギーは、ニコール・キッドマンの「冷ややかな知性」と拮抗することで、初めて極上の化学反応を見せる。二人の関係は、いわば野性と文明の衝突だ。

ニコールは後のインタビューで「当時の私たちは、お互いを見つめるだけで電気が走るような状態だった。その電気をそのままスクリーンに移したのがこの作品」と告白している。その緊張感が、シャノンというプライドの高い女性像に、台本を超えたリアルな厚みを与えた。

二人の共演史を辿れば、本作は「情熱の頂点」を記録したフィルム・ドキュメントだと言えるだろう。『デイズ・オブ・サンダー』で始まった恋は、この『遥かなる大地へ』で大地の果てまで駆けるほど高揚し、数年後の『アイズ・ワイド・シャット』(1999年)で、スタンリー・キューブリックによって冷酷に解体されることになる。

アイズ ワイド シャット
スタンリー・キューブリック

そう考えると、本作で見せる二人の晴れやかな笑顔が、どれほど奇跡的な一瞬の輝きだったかが痛感できる。

エンヤの壮大な主題歌が流れる中、地平線の彼方へと馬を飛ばす二人の姿。それはハリウッドが最後に見た、一点の曇りもない幸福のフォーマットである。

たとえ現実の夫婦関係が終わろうとも、70mmフィルムに焼き付けられたこの「アメリカの夢」は、永遠に色褪せることはない。これこそが、映画という名の神隠し、あるいは土地という名の愛そのものなのだ。

DATA
  • 原題/Far and Away
  • 製作年/1992年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/140分
  • ジャンル/アドベンチャー、ドラマ、恋愛
STAFF
  • 監督/ロン・ハワード
  • 脚本/ボブ・ドルマン
  • 製作/ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード
  • 製作総指揮/トッド・ハロウェル
  • 撮影/ミカエル・サロモン
  • 音楽/ジョン・ウィリアムズ
  • 編集/ダニエル・ハンリー、マイケル・ヒル
  • 美術/ジャック・T・コリンズ、アラン・キャメロン
  • 衣装/ジョアンナ・ジョンストン
CAST
  • トム・クルーズ
  • ニコール・キッドマン
  • トーマス・ギブソン
  • ロバート・プロスキー
  • コルム・ミーニー
  • バーバラ・バブコック
  • シリル・キューザック
FILMOGRAPHY