『グリーン・ゾーン』のキャッチ・コピーはこうだ。「114分間、あなたは最前線へ送り込まれる」。
なるほど、確かにポール・グリーングラス監督お得意の、手持ちカメラによるダイナミックな映像によって、イラク戦争最前線にいるかのようなリアリズムはハンパない。
砂漠に隠された大量破壊兵器の所在を突き止めるべく、MET隊(移動捜索班)を率いるロイ・ミラー(マット・デイモン)にカメラは常に寄り添い、キューブリックの『フルメタル・ジャケット』(1987年)のフエ市街戦闘シーンにも匹敵する臨場感が生成される。
しかしこの映画は単なる戦争体験型ムービーではなく、アメリカ軍産複合体の本質を暴かんとする、骨太の社会派映画として企画されていた。
原作は、ラジャフ・チャンドラセカランの『インペリアル・ライフ・イン・ザ・エメラルド・シティ』。イラクに大量破壊兵器の保有事実はなく、ビン・ラディンとフセイン政権との連携もなく、全てはアメリカのイラク先制攻撃のためのねつ造された口実だった、という事実をアクション・エンターテインメントという形式で描くという、相当に欲張りな作品なんである。
マイケル・ムーアは『グリーン・ゾーン』を「ハリウッドで作られたイラク戦争映画では最もまっとうである」と評価しつつ、「愚かにも、アクション映画として公開されてしまった」とも述べている。
確かに『グリーン・ゾーン』は反イラク戦争を訴えたプロパガンダ・ムービーにしてはアクション映画としての比重が大きすぎ、映像体験型の純粋アクション・ムービーにしてはリベラル思想が全面に押し出されすぎている。
しかし冷静に考えれば、「イラクに大量破壊兵器の保有事実はなかった」という結論自体、今となってはワールドワイドな標準認識。
それを、一介の小役人の策謀のために、超大国アメリカ自体が振り回されてしまったとする『グリーン・ゾーン』の展開は、フィクション映画としても、逆プロパガンダになってしまってはいまいか?ブッシュ大統領以下ホワイトハウスのトップ中枢メンバーは、情報操作に惑わされてしまった、という結論付けなのだから。
極限までにドキュメンタルな手法で撮られた『グリーン・ゾーン』は、マット・デイモン演じるロイ・ミラーをはじめ誰一人キャラクター内部にまでフォーカスを当てようとはしない。
感情移入できない人々がイラクの戦地で右往左往する様子を、中途半端な反イラク戦争思想で描いてしまったがゆえに、何ともいびつでアンバランスな映画になってしまっている。
これはもう完全な戦略ミスでしょう。
- 原題/Green Zone
- 製作年/2010年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/114分
- 監督/ポール・グリーングラス
- 製作/ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ロイド・レヴィン、ポール・グリーングラス
- 製作総指揮/デブラ・ヘイワード、ライザ・チェイシン
- 原案/ラジーフ・チャンドラセカラン
- 脚本/ブライアン・ヘルゲランド
- 撮影/バリー・アクロイド
- プロダクションデザイン/ドミニク・ワトキンス
- 衣装/サミー・シェルドン
- 編集/クリストファー・ラウズ
- 音楽/ジョン・パウエル
- マット・デイモン
- グレッグ・キニア
- ブレンダン・グリーソン
- エイミー・ライアン
- ハリド・アブダラ
- ジェイソン・アイザックス
- イガル・ノール
- サイード・ファラジ
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