『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』(2022)
映画考察・解説・レビュー
『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』(2022年)は、カナダのチャンドラー・レヴァック監督が描く青春ドラマである。映画に没頭する高校生ローレンスが、地元のビデオ店で働きながら、他者との関わりや成長を経験していく物語。彼は映画の知識に救われながらも、その言葉で人との距離を作ってしまう。女性店長アラナとの出会いを通して、ローレンスは“語る”ことよりも“聴く”ことの意味を学んでいく。2000年代初頭のカナダ郊外を舞台に、映画と人間の関係を静かに見つめた作品である。
映画が好き、という告白の孤独
「I Like Movies」──この言葉を、あなたはどんな気持ちで口にするだろう。誇り? 防衛? あるいは孤独の証明として?
カナダの新鋭チャンドラー・レヴァック監督が描く『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』(2022)は、この短い英文に潜む感情の層を静かに解体していく。
主人公ローレンスは17歳の高校生。カナダの郊外で映画漬けの日々を送り、頭の中はスコセッシ、PTA、タランティーノでいっぱいだ。学校では浮き、友人にも疎まれ、母親にも理解されない。それでも彼は“映画の言語”だけを信じている。
ローレンスにとって「映画が好き」という言葉は、自分を守る呪文だ。痛みや不安を、映画の台詞と分析のロジックで置き換える。“映画を観る”ことは現実からの逃避であり、“映画を語る”ことは存在の証明。この矛盾した構造こそが、現代における「フィルム・ブロ(Film Bro)」――すなわち“映画オタク男子”の原型を形づくっている。
いうなればローレンスは、巨大な辞書を背負って歩く少年。その姿は痛々しくも、僕たちのどこかを映し出している。
“Film Bro”とは、映画史を武器に世界を測ろうとするオタクたちの総称だ。誰よりも早く監督の名前を口にし、作品をランキング化し、分析的な語彙で他人をねじ伏せる。映画を「共有」ではなく「所有」しようとする態度。
ローレンスもその典型。彼は映画の名言を暗唱し、同級生の無知を嘲り、会話を常に“映画トーク”へ引き寄せる。だがその言葉の裏には、他人と向き合うことへの恐怖が潜んでいる。
映画の引用は、感情の代用品。そして、他人を理解するより先に、映画を理解したいという欲望。レヴァック監督はこの少年を単に風刺するのではなく、愛をもって批評する。なぜなら、彼女自身がかつて同じ熱を抱いていたからだ。
彼女は女性監督でありながら、少年の身体に自分を投影する。そこにあるのは、女性作家が男性性を借りて自己を語る逆説。「映画を語る」という行為そのものを、ジェンダーの境界を越えて見つめ直す試みだ。
レヴァックのカメラはローレンスを裁かない。彼の不器用な言葉の奥に、寂しさと優しさを見出している。それがこの映画を、ただの「痛いオタク風刺」ではなく、人間の再教育映画へと昇華させている。
2003年、ビデオ棚の向こう側へ
ローレンスは地元のビデオ店「Sequels」でアルバイトを始める。その店長アラナ(ロミーナ・ドゥーゴ)は、かつて映画業界を夢見ながら、現実の壁にぶつかった大人の女性だ。
彼女は、若き日の自分をローレンスに見る。ローレンスは、映画を“わかってくれる人”として彼女を理想化する。だが、この関係は徐々に軋みを見せる。
ローレンスは彼女を“語りの相手”として消費し、彼女の沈黙や痛みを無視する。「映画が好き」という共通言語が、二人をつなぐ糸であると同時に、すれ違いの起点となるのだ。
ある夜、アラナが自身の過去を語り、涙を流すシーン。そのときローレンスは、何も言えなくなる。映画の台詞も、理論も、意味をなさない。彼が初めて「語らない」ことを学ぶ瞬間。
この沈黙こそ、レヴァックが描く“フィルム・ブロ批評”の核心だ。映画を語る者は、いつか“聴く”ことを覚えなければならない。他人の痛みを受け止めるために、映画的言語を手放さなければならない。そしてその静寂の中で、ローレンスは人間としての一歩を踏み出す。
舞台は2003年。ブロックバスターがまだ街角にあり、パッケージの裏面を読むことが情報収集だった時代。レンタル店は、映画好きの聖域であり、閉じた箱庭でもある。
レヴァックはこの“空間の質感”を極めて繊細に描く。青と赤のネオンライト、蛍光灯の冷気、薄いカーペットの埃っぽい匂い。それらは、映画の中に生きる者たちの胎内であり、墓標でもある。
ローレンスにとってビデオ店は避難所だった。映画の棚に囲まれた狭い通路を歩くとき、彼は安心する。しかし、そこに留まる限り、世界と接続することはできない。
2003年という年は、インターネット時代の夜明け。映画が「観るもの」から「語るもの」へ、そして「共有するもの」へと変わり始めた時代。ローレンスはその境界線に立ち、閉じた世界から外へ出ていく。
レヴァックは、この時代をノスタルジーではなく、喪失の季節として描く。映画に救われた者たちが、映画から卒業しなければならない瞬間。その痛みを、赤とティールの色彩がやさしく包む。
音楽を担当するマレー・ライトバーン(The Dears)のメランコリックな旋律が、少年の自意識を解きほぐしていく。
I Like Movies、そして人が好きになる
ラストシーン、ローレンスは初めて“映画を語らない自分”と出会う。スクリーンの向こうにいた憧れの監督たちは、もはや手の届かない偶像ではない。彼はようやく、自分の人生そのものを映画のように見つめることができる。
“映画が好き”という言葉は、もはや自己防衛の鎧ではない。それは他人に向けた優しい挨拶になっている。「僕は映画が好きだ。あなたもそうでしょ?」そんなふうに、微笑みながら差し出す手。
『I Like Movies』は、“映画を語る男たち”を赦し、“映画を愛するすべての人”へと物語を開いていく。語ることから、聴くことへ。批評から、共感へ。孤独から、優しさへ。
2024年の最後の最後に、こんな最高の映画に巡り逢えるとは。全てのMovie Loversに贈る、ハッピーサッドでスウィートビターな青春コメディ。
俺、映画が好きで良かったッス!
- 原題/I Like Movies
- 製作年/1974年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/99分
- 監督/チャンドラー・レバック
- 脚本/チャンドラー・レバック
- 製作/リンジー・ブレア・ゲルドナー、エバン・デュビンスキー、チャンドラー・レバック
- 製作総指揮/ビクトリア・リーン、マイケル・ソロモン
- 撮影/リコ・モラン
- 音楽/マレー・ライトバーン
- 編集/シモーン・スミス
- 美術/クラウディア・ダロルソ
- 衣装/コートニー・ミッチェル
- アイザイア・レティネン
- ロミーナ・ドゥーゴ
- クリスタ・ブリッジス
- パーシー・ハインズ・ホワイト
- I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ(1974年/アメリカ)
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