『銀河』(2008年/原田郁子)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『銀河』(2008年)は、原田郁子が発表したソロ・アルバムであり、彼女自身のプロデュースによって制作された。柏原譲や茂木欣一らとの有機的なアンサンブルと、彼女の自由奔放なピアノの旋律が柔らかく溶け合い、パーソナルな内省の記録と宇宙的なスケールの音楽体験が自然に共存する。「銀河」「波間にて」「約束の花」などの楽曲を収録。宇宙的な広がりを持つ詩世界と、体温を感じさせる生々しい録音が見事に結実した一枚。
- 2009年CDショップ大賞:入賞
- 2008年ミュージック・マガジン:年間ベスト・アルバム ロック[日本]部門 第2位
異常なまでの創作意欲が産み落とした、2008年の奇跡
クラムボンのフロントマンであり、唯一無二の歌声を持つキーボーディストの原田郁子にとって、2008年という年はちょっと異常なほどのクリエイティビティに満ち溢れた、奇跡のようなシーズンだった。
3月にピアノ弾き語りを中心としたミニ・アルバム『気配と余韻』(2008年)を静かにリリースしたかと思えば、続く6月にはソロワークの集大成とも言える大傑作フル・アルバム『ケモノと魔法』(2008年)をドロップ。
そして、その熱狂も冷めやらないわずか5ヶ月後の11月に、これまたとんでもない傑作アルバム『銀河』(2008年)を産み落としてしまったのだ。
僕は『ケモノと魔法』のあまりの完成度の高さと深淵な世界観に当てられて、6月の時点で「文句なしに今年度ナンバーワンのアルバムだ!」と勝手に断言してしまっていた。
それなのに、こんなにも短いスパンでまたしてもマスターピースを突きつけられてしまっては、嬉しい悲鳴を通り越してすっかり二の句が継げなくなってしまう。ミュージシャンがゾーンに入ったときの爆発力というのは、本当に恐ろしいものだ。
これだけリリース期間が極めて短いと、ややもすればレディオヘッドの『Kid A』(2000年)に対する『Amnesiac』(2001年)のような、同時期のセッションから漏れたアウトテイク集や兄弟作品のように捉えてしまいがち。しかし、この『銀河』は明らかに過去のソロ作品とは全く異なるポジション、もっと言えば全く違う次元に位置している。
前作の『ケモノと魔法』が、土の匂いやアニミズム的な神秘主義が色濃く織り込まれた「呪術的でアーシーなアルバム」だとすれば、本作はその土着的な引力すらも軽々と突き抜けて、文字通り遥か彼方の宇宙空間までフワフワと上昇してしまったかのような、極めて「銀河的」で浮遊感のあるアルバムに仕上がっているのだ。
忌野清志郎とLittle Creaturesとの交歓
このアルバムのハイライトであり、日本のポップス史にひっそりと輝く金字塔が、忌野清志郎との奇跡的なコラボレーション・ナンバーにして、アルバムのタイトル曲でもある『銀河』だ。
リトル・クリーチャーズのメンバーが全面的にバックアップしたこの楽曲は、なんと再生時間が13分46秒にも及ぶという、長大なスケールを持っている。
寄せては返す静かな波の音をバックグラウンドに、タッタッタッタとまるでメトロノームのように正確なカッティング・ギターが鳴り響き、そこに唐突に原田郁子の柔らかくて人懐っこい歌声がスッとインサートされる。
シンプルなコードをつまびくアコースティック・ギターは、悠久の時を刻む時計の針のごとく円環し、そこに忌野清志郎のあの独特で中性的なコーラスが重なることで、楽曲に得も言われぬ色艶と圧倒的なオーラが付与されていく。
中盤からはプリミティブなボディパーカッションが加わって有機的なリズムのうねりをつくり出し、極端に音数の少なかったミニマルなサウンドは、終盤に向かうにつれて一気にカラフルな生命力を爆発させ、怒涛のアウトロへと向かって収斂していく。それはまるで、小さな星の瞬きがやがて巨大な銀河系を形成していくプロセスを音で体験しているかのよう。
当時の音楽誌のインタビューで彼女が語っていた制作秘話がまたすごく良い。「清志郎さんにいただいたデモ音源があまりにも良すぎて、わたしもZAKさんもクリーチャーズのみんなも完全にヤラれちゃったの」と彼女は振り返る。
一度リハーサルをした段階ではもっと普通のバンドっぽいサウンドになっていたらしいが、持ち帰って聴き直した彼女たちは「もっとこの歌が持っている世界そのものを音にしなくちゃいけない」と決意。
そしてもう一度まっさらな状態から、「みんなで銀河を作ってみよう」と声を掛け合い、一からアレンジを構築していったのだという。原曲のメロディに対する底知れぬ愛情とリスペクトが、この途方もない録音時間を必然のものにしたのだ。
ZAKの録音哲学が捉えた「神様からの贈り物」
この至極のサウンドスケープを根底で支え、アルバム全体の奇跡的な音響空間をまとめ上げたのが、共同プロデューサーでありメイン・エンジニアを務めたZAKの存在だ。
フィッシュマンズの歴史的な名盤たちを手がけ、日本のダブや空間録音における最重要人物である彼が参加している時点で、このアルバムが単なるシンガーソングライターの素朴な作品に収まらないことは約束されていたようなものだ。
ZAKの凄さは、音の配置の立体感だけではない。彼の過去のインタビューなどからもうかがい知れるように、奔放なインプロヴィゼーションや、スタジオの空気の中で生まれる自由を謳歌するような、偶発性を何よりも大切にしている点にある。
たとえ演奏中にちょっとしたミスタッチやノイズが入ってしまったとしても、そのテイクに宿る感情の揺らぎやアンサンブルの魔法が素晴らしければ、それを「神様からの贈り物」としておおらかに許容し、CDという名の記録円盤装置にそのまま閉じ込めてしまう。
おおはた雄一が作曲を手がけた3曲目『波間にて』の幻術的で美しいピアノとギターのアルペジオの絡み合いや、オリジナルよりも大胆にシンコペーションを効かせたジャズ・アレンジが最高に楽しいM-5「charm point」など、アルバム全体を通して音がとても伸び伸びと呼吸しているのがわかる。
「喜びにあふれた音」とZAK自身がこのアルバムを評して語っていたけれど、本当にその通りだと思う。息を合わせて音を鳴らすことの根源的な楽しさ。
当たり前のように思えるそんな生々しいサウンドは、プロツールスで完璧に補正された商業ロックが鳴り響く今の世の中で、そう簡単にお目にかかることはできない。
フジロックの空を突き抜けた天使の歌声
僕はこのアルバムがリリースされる少し前、2008年のフジロック・フェスティバルのホワイトステージで、原田郁子のソロ・ライブを目撃した。
緑に囲まれた苗場のステージにふわりと現れた彼女は、本当に楽しそうに鍵盤を弾き、歌っていた。その無邪気な笑顔を見ているだけで、この人は音楽の神様が下界に遣わした天使なんじゃないかという気が本気でしてしまったほど。
そのライブの終盤、彼女は「清志郎さんと一緒につくった曲です」と静かに語りかけ、まだリリース前だった『銀河』を披露してくれた。真夏のフジロック特有の、肌を焦がすような強い日差しが降り注ぐ時間帯だったにもかかわらず、その曲が鳴り響いた瞬間、なぜかステージの周りだけがひんやりと涼やかな空気に包まれたような気がしたのだ。
決して大げさな表現ではなく、あの魔法のような楽曲が、ホワイトステージに集まった何千人もの観客を、熱気あふれる現実のフェス会場から宇宙空間へと文字通り引き連れていってしまったからかもしれない。
あれから長い年月が経ち、忌野清志郎はこの星を旅立ってしまったけれど、彼らがスタジオで笑い合いながら作り上げた手作りの銀河は、今もこのディスクの中で眩しいほどの光を放ち続けている。
音楽が永遠であることの証明みたいな、本当に大切に聴き続けたい一生モノのアルバムだ。
- アーティスト/原田郁子
- 発売年/2008
- レーベル/コロムビアミュージックエンタテインメント
- ジャンル/J-POP
- プロデューサー/原田郁子
- 1. 銀河
- 2. 満ち欠けて なお 響く もの (instrumental)
- 3. 波間にて
- 4. ある かたち
- 5. charm point
- 6. 遥か より 彼方 へ
- 7. 青い闇をまっさかさまにおちてゆく流れ星を知っている (blue darkness)
- 8. ミソラ
- 9. 約束の花
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