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回路/黒沢清

『回路』──なぜ人は孤独を恐れるのか?黒沢清が描いた21世紀の不安

『回路』(2001年)は、インターネットを通じて死者と人間の世界がつながるという異常事態に巻き込まれた若者たちを描く。東京を舞台に、原因不明の失踪や自殺が連鎖し、人々は孤立と不安の中で出口を探し求める。

黒沢清にとってホラーとは何か

黒沢清は一貫している。『CURE』(1997年)や『蛇の道』(1998年)から最新作に至るまで、彼の作品を貫くテーマは「恐怖」そのものではなく、人間存在の断絶や孤独の表現にある。『回路』(2001年)もその系譜に連なる一本であり、ホラーという体裁をまといながらも、実際には ディスコミュニケーションをめぐるテキスト として読むべき映画だ。

この作品が提示するのは「一番恐ろしいことは死ではなく、孤独である」という冷徹なポストモダン的真実である。インターネットを媒介として死者の世界とこちら側が接続されるという設定は、単なるプロット以上の意味を持つ。すなわちそれは、個人が共同体から切り離され、誰ともつながれないまま“孤独に死を迎える”という現代的恐怖を具象化する仕掛けなのだ。

黒沢清のホラー映画史と“恐怖の型”

黒沢は膨大なホラー映画を観尽くし、その映像的記憶を蓄積してきた監督である。篠崎誠との共著『黒沢清の恐怖の映画史』では、ホラーが持つ文化的な系譜と“恐怖を喚起する型”について語られている。本作『回路』もその知識の上に構築されており、観客を震え上がらせる術は神業的といえる。

黒沢清の恐怖の映画史
『黒沢清の恐怖の映画史』(黒沢清)

象徴的なのは「幽霊がコケてまた立ち上がる」シーンだ。字面だけを追えば滑稽にすら見える動作が、画面の中では異様なほどの恐怖を生み出している。これは『リング』の貞子の登場シーン以上に強烈であり、民俗学的な“恐怖の型”が身体表現に結晶した瞬間だといえる。

しかし、黒沢清にとって幽霊そのものは恐怖の源泉ではない。劇中で小雪が口にする「幽霊は人を殺さない」という台詞は、監督のスタンスを端的に表している。恐怖の正体は、幽霊がもたらす死ではなく、孤独に直面する人間自身にあるのだ。

黒沢が好んで用いる 固定カメラによるロングショット では、人物は風景に埋没し、現実と非現実が同じフレームに並列する。観客は“幽霊が現れた”というよりも、“現実が幽霊的なものに浸食されていく”感触を味わう。彼岸と此岸の境界が融解する、その不気味な均衡こそが黒沢ホラーの本質だ。

『回路』においてもっとも印象的な場面の一つが、暗雲がたちこめる東京の街を黒煙が渦巻く移動ショットである。銀座と思しき街並みを、まるで荒野のように撮り上げたそのイメージは、都市の共同体が崩壊し、価値観が瓦解する瞬間を鮮烈に描き出している。

撮影許可の制約もあって早朝に撮影されたため、あのような色彩設計になったと推測されるが、結果的にそれが「東京が死者の世界に浸食されるビジョン」を視覚的に具現化することになった。そこから伝わってくるのは、 世界が崩壊してもなお戦え という苛烈なメッセージである。

恐怖と青春の境界線

一方で、物語のなかで一際浮いてしまった幽霊も存在する。加藤晴彦が「お前をつかまえればいいんだな!」と絶叫しながら組み合う場面では、幽霊があまりにも実体を持ちすぎており、恐怖の対象というより“青春映画の敵役”のように見えてしまうのだ。

幽霊が存在感を獲得した途端、映画はホラーからサバイバル青春劇へと変質する。この距離感の揺らぎは本作の弱点であるが、逆にいえば黒沢清のホラーが常に 生活と恐怖の境界を行き来する 作品であることの証でもある。

最終的に『回路』は、インターネット時代の幕開けに立ち会った人類に対し、こう問いかける。「あなたは孤独のなかで、なお生き延びることができるのか」と。

この映画は、幽霊というモチーフを超えて、人間の存在論的な孤立と共同体崩壊の恐怖を描いた作品である。ホラー映画史の蓄積を背景にしつつ、黒沢清が独自に構築した“ポストモダンの恐怖”が、21世紀初頭の東京に刻印されているのだ。

DATA
  • 製作年/2001年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/118分
STAFF
  • 監督/黒沢清
  • 脚本/黒沢清
  • 製作/山本洋、萩原敏雄、小野清司、高野力
  • プロデューサー/清水俊、奥田誠治、井上健、下田淳行
  • 製作総指揮/徳間康快
  • 撮影/林淳一郎
  • 音楽/羽毛田丈史
  • 美術/丸尾知行
  • 編集/菊池純一
  • 照明/豊見山明長
  • 録音/井家眞紀夫
CAST
  • 加藤晴彦
  • 麻生久美子
  • 小雪
  • 有坂来瞳
  • 松尾政寿
  • 武田真治
  • 菅田俊
  • 水橋研二
  • 風吹ジュン
  • 役所広司
  • 哀川翔