『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(2025)
映画考察・解説・レビュー
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(2025年)は、お笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介が2020年に発表した恋愛小説を、大九明子監督が映画化した作品。大学生の小西徹(萩原利久)は、冴えない日常を送る中で桜田花(河合優実)と出会い、心惹かれていく。やがて亡き祖母の言葉と重なる桜田の一言に運命を感じるが、思いがけない出来事が二人を襲う。
カメラワークと構図の神経質な計算
ジャルジャルの福徳秀介が2020年に発表した小説を、『勝手にふるえてろ』(2017年)や『私をくいとめて』(2020年)の大九明子監督が映画化。
いやー、ちょっとびっくりするくらい凄い映画だった。全てのショットが神々しくて、全てのショットに魔法がかかっている。これだけ演出に痺れた日本映画は、『悪は存在しない』(2024年)以来かもしれない。
大九明子監督はあるインタビューで、
この歳になって一本一本作る喜びに加え、この先も残る作品にしたいと思うようになりました
と発言しているから、その想いが、隅々まで神経の研ぎ澄まされた演出ぶりに繋がったのだろう。
何よりまず、カメラをどこに設置して登場人物をを捉えるか、その距離感が素晴らしい。例えば、小西(萩原利久)と桜田さん(河合優実)がちょっと遅れて大学の教室に入るシーン。カメラは教室の奥に据え置かれ、多くの生徒たちがそれを見つめているなか、彼らをものすごく引きの構図で収める。このショットでは、二人は大勢の人物のなかに埋没している。
そして次のカットに切り替わると、二人が横に並んでいる構図に。他の生徒はいっさい画角に入っていない。つい数分前まで口も交わしていなかった小西と桜田さんが、もう二人だけの世界に入っていることが明示されている。
さっちゃん(伊東蒼)が小西に告白するシーンも見事だ。彼女は引きのショットで捉えられ、おまけに街灯の灯りから外れた位置にいるために、彼女の表情が判別できない。これは、真摯な想いを真正面から受け止めきれない、小西のさっちゃんに対する距離感がそのまま映像として補完されている。
逆に、桜田さんが小西に独白するシーンでは、太陽の明るい光が二人を包み込み、彼女のクローズアップ、ホン・サンスばりのズームショットが駆使され、桜田さんに心奪われている小西の内面が浮き彫りになる。さっちゃんの告白シーンと対称性を成すことによって、見事な効果を生んでいるのだ。
声の使い分けによる内面描写
セリフ、というよりも、声そのものの使い方も特筆モノだ。小西は、自身の感情を言葉にするが得意ではないタイプ。彼の内面は、友人たちとの他愛ない会話や、心の中で反芻する独白や、そして時折漏れる小さなため息のような「声にならない声」を通して表現される。
一方桜田さんの「声」は、小西とは対照的。彼女は自分の過去の体験や現在の想いを、時には感情を爆発させるように、時には静かに、率直に言葉にして伝える。クライマックスで小西に語りかけるシーンの素晴らしさは、彼女の「声」が持つ圧倒的な力強さがあってこそ。
さっちゃんの告白のシーンも、「声」の演出が印象的だ。薄暗く表情が見えにくい(=視覚表現に頼らない)からこそ、彼女の「声」は、観客にそのまままっすぐ伝わってくる。言葉にできない想いを抱える小西、言葉ではっきりと表現する桜田さん、そしてまっすぐに想いを伝えるさっちゃん。三者三様の「声」が交錯し、物語は奥深い広がりを見せていく。
内面の視覚化と漫画的遊び心
もちろん、セリフに頼らず、映像だけで登場人物の内面を描く演出も素晴らしい。桜田さんにフラれたと思った小西くんの内面を、「足をひきずる」という超わかりやすい行為で「傷ついている」ことを表現。やがて、デモに参加する=自分の足で歩み始めることで、傷心からの回復もサラリと描いている。
実は、意外と大袈裟な漫画的演出もあったりして、それがとってもチャーミング。タルタルソースを口中ベッタベタにする山根(黒崎煌代)とか、寝癖が鉄腕アトムみたいになっている小西とか(インタビューによれば、これは『メリーに首ったけ』(1998年)オマージュらしい)。「ズルズル、ドキドキ」のオノマトペがシンクロするのも可愛らしい。
『勝手にふるえてろ』(2017年)も『私をくいとめて』(2020年)も好きな映画ではあったけれど、正直言って、大九明子監督がここまで怪物的な演出手腕の持ち主とは思わなかった。『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』は、恋愛映画の新たなる傑作である。
- 製作年/2025年
- 製作国/日本
- 上映時間/127分
- ジャンル/恋愛、ドラマ
- 監督/大九明子
- 脚本/大九明子
- 製作/藤原寛、吉澤啓介、永山雅也、古賀俊輔、松本光司
- 製作総指揮/中澤晋弥、黒田優太、松浦ちひろ
- 原作/福徳秀介
- 撮影/中村夏葉
- 編集/米田博之
- 美術/橋本泰至
- 衣装/宮本茉莉
- 録音/小宮元
- 照明/常谷良男
- 萩原利久
- 河合優実
- 伊東蒼
- 黒崎煌代
- 安齋肇
- 浅香航大
- 松本穂香
- 古田新太
- 今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は(2025年/日本)

