『ソーシャル・ネットワーク』──21世紀の『市民ケーン』
『ソーシャル・ネットワーク』(原題:The Social Network/2010年)は、アーロン・ソーキンの精密な脚本をもとに、Facebook創設者マーク・ザッカーバーグの軌跡を描くデヴィッド・フィンチャー監督のドラマ。訴訟という枠組みの中で、天才が成功と孤独を同時に手に入れる過程を、冷徹なテンポと緻密な編集で映し出す。
言葉の洪水としての映画体験
『ソーシャル・ネットワーク』は、セリフと音楽と映像が止めどなく押し寄せる“情報の奔流”のような映画だ。冒頭からいきなりジェシー・アイゼンバーグ演じるマーク・ザッカーバーグが、マシンガンのように言葉を放ち続ける。
99テイクも重ねられたという開幕の対話シーンで、観客は早くも悟る。──この男は、他者の感情をまるで理解しない。速度と思考だけで構築された、冷徹な知性の化身であると。
男女がテーブルを挟んで会話するだけのシンプルな構図。しかしその中に、ザッカーバーグという人間の“嫌悪すべき天才性”がすべて凝縮されている。
三池崇史が「タランティーノ映画のように会話だけで人物の関係と欠陥が見えてくる」と評したのも当然だ。これは単なる会話劇ではなく、“頭脳の速度戦”なのだ。
恋人に振られた腹いせにブログで悪口を書き、女子学生の写真をハッキングしてランキング化する──その軽薄な行為を、フィンチャーは倫理的非難ではなく冷徹な観察眼で描く。
Nine Inch Nailsのトレント・レズナーによるビートが流れ始めるとき、観客は不快感と同時に奇妙な高揚を覚える。破壊のリズムが“創造”のリズムと区別できないこの瞬間に、ザッカーバーグの天才性と危うさがひとつに溶け合う。
この映画は、アメリカン・ドリームの裏返しだ。若者が成功を勝ち取る物語ではなく、成功することで決定的に孤立していく男の物語。つまり「勝者のいないサクセス・ストーリー」なのである。
冷徹な構成──訴訟という回想装置
物語は二重の訴訟構造で展開する。ウィンクルボス兄弟からの盗作訴訟、そして共同創業者エドゥアルド(アンドリュー・ガーフィールド)による背信訴訟。過去の出来事が、裁判という形式の中でフラッシュバックされる。ここにおいてフィンチャーは“構造”の監督としての真骨頂を発揮する。
ザッカーバーグ、エドゥアルド、そしてナップスター創業者ショーン・パーカー(ジャスティン・ティンバーレイク)──彼らは皆、他者と繋がりながら同時に孤独を深めていく。
友情も裏切りも、全てがデータのように交換され、保存され、削除される。Facebookは、人と人を繋ぐのではなく、“孤独を可視化する装置”として描かれている。
脚本を手がけたアーロン・ソーキンは「友情、嫉妬、裏切りといった普遍的テーマが詰まっている」と語る。確かに『ソーシャル・ネットワーク』の骨格は古典的で、構造的にはオーソン・ウェルズの『市民ケーン』(1941年)を思わせる。
天才が頂点に立ち、孤独に閉ざされていく構図。だがザッカーバーグは“ローズバッド”を追い求めない。彼は欠落を自覚しながらも、欠落を補おうとしない。
ここにこそフィンチャーの冷徹さがある。彼は共感を拒み、観客を距離のある観察者に据える。人間の弱さに寄り添うのではなく、テクノロジーが生んだ“無感情の風景”を可視化する。その態度がシニカルであるがゆえに、この映画は時代の記録であり、同時にホラーでもある。
情報の美学と冷たさの極北
Facebookという題材は、容易にジュブナイル的な成功譚へ転化できた。しかし、フィンチャーは成長も贖罪も描かない。ザッカーバーグも、エドゥアルドも、ショーンも、誰一人として変化しない。成功とは“変わらないこと”であり、変わらないことが“支配の証”であると、この映画は告げている。
三池崇史が「繋がろうとする人間が自分の孤独を自覚するホラー」と評したように、ラストでザッカーバーグが無表情にF5キーを押し続ける姿は、デジタル時代の新しい悲劇を象徴する。彼は世界中と繋がりながら、誰にも届かないリロードを繰り返す。
『ソーシャル・ネットワーク』の凄みは、テーマや演出以上に“精度”にある。レズナーとアッティカス・ロスのミニマルな電子音、撮影監督ジェフ・クローネンウェスによる暗色の光、編集者カーク・バクスターのリズム──その全てが、情報社会の速度と無機質さを反映している。
この映画は感情のドラマではなく、思考のテンポの映画だ。観客はセリフのスピードに圧倒され、同時に言葉の裏に潜む“空虚な沈黙”を感じ取る。フィンチャーが描いたのは、ネットワークに支配された世界そのもの──接続と孤独が同義になる時代の肖像である。
『ソーシャル・ネットワーク』は、サクセスでもヒューマニズムでもない。それは“情報の洪水に溺れる人間”を映し出した、21世紀の『市民ケーン』だ。
そしてラストカットの冷たいクリック音が、今もなお鳴り響いている。
- 原題/The Social Network
- 製作年/2010年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/ 121分
- 監督/デヴィッド・フィンチャー
- 製作/スコット・ルーディン、デイナ・ブルネッティ、マイケル・デ・ルカ、セアン・チャフィン
- 製作総指揮/ケヴィン・スペイシー
- 原作/ベン・メズリック
- 脚本/アーロン・ソーキン
- 撮影/ジェフ・クローネンウェス
- プロダクションデザイン/ドナルド・グレアム・バート
- 衣装/ジャクリーン・ウェスト
- 編集/アンガス・ウォール、カーク・バクスター
- 音楽/トレント・レズナー、アッティカス・ロス
- ジェシー・アイゼンバーグ
- アンドリュー・ガーフィールド
- ジャスティン・ティンバーレイク
- アーミー・ハマー
- ジョゼフ・マゼロ
- ラシダ・ジョーンズ
- マックス・ミンゲラ
- ブレンダ・ソング
- ルーニー・マーラ
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