『ターミネーター4』──シュワルツェネッガー不在の世界で何が終わったのか?
『ターミネーター4』(原題:Terminator Salvation/2009年)は、滅亡後の地球を舞台に、人類とスカイネットの戦いを描くSFアクション。ジョン・コナー(クリスチャン・ベイル)がレジスタンスを率い、半分人間・半分機械のマーカス(サム・ワーシントン)と出会う。AIによる支配と人間の意志の対立が、荒廃した世界で再び交錯する。監督はマックG、製作はウォーナー・ブラザース。シリーズ4作目として再起動され、第36回サターン賞で最優秀SF映画賞にノミネートされた。
終わりの始まりとしての“再起動”
アーノルド・シュワルツェネッガーがカリフォルニア州知事に就任した瞬間、『ターミネーター』という神話は終わったと誰もが思った(僕も思った)。タイトルロールを欠いた続編など、成立しえないのだから。ピーター・フォークなき『刑事コロンボ』、渥美清なき『男はつらいよ』が想像できないのと同じである。
しかしハリウッドは死んだ神を蘇らせることをためらわない。デジタル合成という禁断の技術をもって若き日のシュワルツェネッガーを再生し、シリーズ第4作『ターミネーター4』は何事もなかったかのように幕を開けた。
もはやここには“終焉”も“帰還”もない。あるのは、神話の残骸を素材として再構築された“亡霊的シリーズ”である。
荒廃の美学──“マッドマックス的終末”の系譜
本作の監督マックGは、もともとハリウッドの正統派ではない。『チャーリーズ・エンジェル』シリーズで見せたのは、ポップでフェティッシュな映像遊戯。爆発、バイク、ガールズアクション、そして過剰なカメラモーション。
そんな彼が、『ターミネーター』という終末神話を継承するという時点で、既に何らかの“ねじれ”が発生していた。彼は自他ともに認めるオタク監督であり、秋葉原のライブハウスでAKB48を観に行くような、奇妙に日本的なポップ感覚を携えている。
ジェームズ・キャメロンが築いた神話的重量と、マックGが得意とするサブカル的軽やかさ──この二つのベクトルが交差することで、本作は独特の“浮遊した黙示録”となった。
時代設定はジャッジメント・デイ後。崩壊した地球で、人類とスカイネットの機械軍が生存を懸けて戦う。風景は完全に『マッドマックス』以降の終末絵画であり、砂塵に沈む機械の残骸、爆炎に染まる空、失われた都市の断片。
だがマックGはそのビジュアルに、80年代SF特有の“機械的質感”を取り戻そうとした。金属音が鳴り響くたびに、画面は冷たい硬度を帯びる。
キャメロンの時代におけるテクノロジー=恐怖の美学を、デジタル処理ではなく物理的リアリティで再現しようとする姿勢は評価に値する。だが同時に、その映像設計はあまりにスタイリッシュで、神話的暗黒を希釈してしまう。
そこに“重量”がない。つまり、金属の冷たさはあっても、運命の重さがないのだ。
神話なきシリーズのゆくえ
物語の主軸は二人の男に分裂している。人類の救世主ジョン・コナーと、半分人間・半分機械として甦ったマーカス・ライト。前者は宿命に囚われた預言者、後者はアイデンティティを失った亡霊。
だがこの二項は融合せず、物語の焦点は曖昧なまま漂う。シリーズ全体を貫いてきた“人間の意志と機械の論理”という中心軸がぼやけてしまうのだ。ジョン・コナーは本来、時間を超えて父を誕生させるという形而上のパラドックスを背負う人物である。
だが本作でその悲劇的構造はほとんど可視化されない。マックGはSFの宿命論を捨て、アクションの現在性を選んだ。だがそれは同時に、シリーズが持っていた哲学的緊張を失うことでもあった。
『ターミネーター2』が描いたのは、「機械にも涙がある」という反転構造だった。そこではAIが人間性を学ぶことで、人間の傲慢を照射していた。
しかし『ターミネーター4』には、その寓話性が欠けている。マックGはハードな戦闘映画としての様式美を追求したが、それは神話的深度の代償だった。
『マトリックス』以降のSFがすでにスカイネット的世界観を一般化してしまった現代において、『ターミネーター』というブランドはもはや未来の寓話ではなく、ノスタルジーの対象に転じている。
機械はすでに人間を模倣しすぎ、人間は機械のように予測可能になってしまった。ゆえに、シュワルツェネッガーがいない世界で“ターミネーター”を名乗ることは、もはや形骸的儀式に過ぎないのかもしれない。
神なき世界での抵抗──マックGの限界と希望
それでもなお、マックGはこの作品を通じて、ある種の希望を提示しようとしたのだろう。無限に続くシリーズという呪縛の中で、彼が描こうとしたのは“継承の物語”ではなく、“忘却の物語”だ。
人間も機械も、すでに過去を記録することしかできない。記憶の断片が積み重なり、いつしかそれ自体がプログラム化されていく。だからこそ、彼のカメラは廃墟を撮る。
過去の焼け跡に立ち尽くすジョン・コナーの姿は、映画というメディウムそのものの比喩に見える。つまり、『ターミネーター4』とは、“神話を失った映画の自己認識”である。そこにシュワルツェネッガーの不在を感じ取るとき、我々はようやくこのシリーズの“終わり”を実感するのだ。
- 原題/Terminator Salvation
- 製作年/2009年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/114分
- 監督/マックG
- 製作/モリッツ・ボーマン、デレク・アンダーソン、ヴィクター・クビチェク、ジェフリー・シルヴァー
- 製作総指揮/ピーター・D・グレイヴス、ダン・リン、ジーン・オールグッド、ジョエル・B・マイケルズ、マリオ・F・カサール、アンドリュー・G・ヴァイナ
- 脚本/ジョン・ブランカトー、マイケル・フェリス
- 撮影/シェーン・ハールバット
- 衣装/マイケル・ウィルキンソン
- 編集/コンラッド・バフ
- 音楽/ダニー・エルフマン
- クリスチャン・ベール
- サム・ワーシントン
- アントン・イェルチン
- ムーン・ブラッドグッド
- コモン バーンズ
- ブライス・ダラス・ハワード
- ジェーン・アレクサンダー
- ジェイダグレイス
- ヘレナ・ボナム=カーター
- マイケル・アイアンサイド
