2026/3/20

『タッチ』(2005)徹底解説|ノンアルコール・ビールのような青春映画

『タッチ』(2005年/犬童一心)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー

10段階評価
4
OKAY

概要

『タッチ』(2005年)は、あだち充の同名漫画を原作に、犬童一心が監督を務めた青春映画である。甲子園を目指す双子の兄弟・上杉達也と和也、そして幼なじみの浅倉南の三人が織りなす恋と友情の物語を描く。和也が甲子園出場を目前に事故で命を落とし、残された達也は南との約束を果たすために再びマウンドへ立つ。彼の葛藤と成長、そして南との新たな関係が、夏の陽射しの下で静かに交錯していく。

目次

南というヴィーナス、降臨す

長澤まさみが、『タッチ』の浅倉南を演じる。この一報が流れた時、映画ファンの間には激震が走った。かくいう僕も、そのニュースを耳にした瞬間、ベッドの上で子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねてしまった一人である。

浅倉南という存在は、単なる記号的な美少女ではない。「容姿端麗、スタイル抜群、性格も良く、運動神経まで超一流」という、あだち充が創造した理想の結晶だ。それは僕のような非モテ族にとって、乾いた日常を潤し、腐りかけたライフスタイルを根底から救済してくれる聖母に他ならない。

タッチ
あだち充

2005年当時、東宝シンデレラとして彗星のごとく現れた長澤まさみ以上に、このヴィーナスを具現化できる女優が他にいただろうか。否、彼女しかいない。ぴょんぴょんぴょん。跳躍が止まらない。止めないでおくれ。

そもそも、それまでミニシアター系の作家として評価を確立していた犬童一心が、この国民的コミックの実写化という巨大な火中の栗を拾う決意をした動機は、「18歳の長澤まさみを撮れる」からだったという。

旬の素材を、最も輝く瞬間にフィルムに定着させる。それは物語の整合性以上に、映画監督としての本能的な職人魂が、彼女という至高の被写体を求めた結果だったのだろう。

確かにスクリーンに映し出された長澤まさみは、間違いなく超一級の素材だ。犬童に「彼女のプロモーション・ビデオを撮りたい」と言わしめるほどの、圧倒的フォトジェニックさ。

しかし、その素材への没頭こそが、奇妙なことに犬童一心の作家としての牙を隠匿させることになったのである。

犬童一心という“悲劇作家”の封印と、商業的変奏

ジョゼと虎と魚たち』(2003年)や『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)を紐解くまでもなく、資質としての犬童一心が悲劇作家であることは間違いない。

ジョゼと虎と魚たち
犬童一心

彼は、リリカルで柔らかな世界観の裏側に、鋭利なナイフのような残酷な現実を忍ばせる。逃れられない欠損や、埋まらない孤独を凝視し、物語をヒリつくような緊張感で引き締めるのが、その作家性なのだ。

しかし、彼の描く悲劇は決して救いのない泥濘ではない。まるで洗練されたバーテンダーが、甘美なカクテルの底にそっと強いアルコールを沈ませるように、観客を悪酔いさせることなく、気づけば心地よい陶酔感と、一抹の寂寥に浸らせる。そんなスタイリッシュで計算高い話術こそが、犬童映画の魅力だ。

だが『タッチ』は、ノンアルコール・ビールのような映画だ。かつての作品群に見られた、ヒリつくような叙情性や毒気は見る影もなく、最も犬童一心的なエッセンスが、確信犯的に排除されている。

彼が本作で試みたのは、自身の作家性の誇示ではなく、80年代のアイドル青春映画が持っていた輝きの再構築だ。それは、どこまでも突き抜けるような群青の空を象徴的なカットとして挿入し、甲子園に駆けつける南の姿に岩崎良美のオリジナル主題歌をオーバーラップさせる演出にも顕著。あえてベタな記号をなぞることで、彼は浅倉南という偶像を現代に再臨させたのである。

モヤモヤと均衡──悲劇を回避した「光」の青春劇

物語の骨格は、あまりに有名な「南を甲子園に連れて行く」という和也の誓い、そして弟の想いを察して自らの感情を押し殺す達也の葛藤にある。

当の南が惹かれているのは、不器用な兄の達也であるというねじれ。この微熱を帯びた三角関係こそが、原作が持つ最大の推進力だ。しかし、上杉和也の死という劇的な転換点によって、この危うい均衡の上に成り立っていたトライアングルは、無残にも一角を失い崩壊する。

本来の悲劇作家としての犬童であれば、この「欠落」がもたらす闇や、残された二人が背負う生存者の罪悪感を、もっとドロドロとした質感で抉り出すこともできたはず。

しかし、彼はあえてその深淵には踏み込まない。資質的に最も得意とするはずの「モヤモヤとした人間関係の摩擦」を、あえて口当たりのいいウェルメイドな青春映画の枠組みに閉じ込めたのだ。

これを作家性の放棄と見るか、あるいは商業映画のプロフェッショナルとしての誠実さと見るか。過去の尖ったフィルモグラフィーと比較すれば、本作が異色作であることは否定できない。しかし、18歳の長澤まさみが放つ一瞬の閃光を、一切の雑味なしに記録するという目的において、この封印は正解だったのかもしれない。

余談ですが、原作であれほど存在感を放っていた巨漢犬・パンチが、本作ではあまりに普通の犬として登場しているのには拍子抜けした。僕は中盤までその正体に気づかなかったほど。

まあ、あんな犬どこにもいないでしょうが。

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