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NO THANK YOU/リトル・シムズ

『NO THANK YOU』──リトル・シムズが放つ「NO」というパンチライン

『NO THANK YOU』(2022年)は、リトル・シムズ(Little Simz)が前作からわずか1年後に発表したアルバムで、音楽業界の構造とメンタルヘルスの問題を正面から描く。プロデューサーのInfloがソウルやゴスペルを交えた豊かなサウンドを構築し、Cleo Solらのヴォーカルが重なり合う。怒りと優しさが同居する、彼女の最もパーソナルな作品。

サプライズ・リリースという強い意思表示

『NO THANK YOU』(2022年)は、前作『Sometimes I Might Be Introvert』2021年)からわずか1年後、2022年12月にサプライズ・リリースされた。

Sometimes I Might Be Introvert
『Sometimes I Might Be Introvert』(Little Simz)

リトル・シムズはインスタグラムに「ただやるべきだと思った」と短く投稿。プロモーションや事前告知をあえて排したその姿勢は、作品のテーマを雄弁に物語っている。

「NO THANK YOU」は、単なる拒絶の言葉ではない。これは、自分の意思は決して手放さないというステートメントだ。大ヒットのあと、多くのアーティストがメジャーレーベルへの移籍や大型プロモーションに精力を傾けるなか、リトル・シムズは独立した立場を貫き、感謝よりも「ノー」を突きつける。

オープニング・トラック「Angel」のリリックは、そんな彼女の姿勢を鮮明に映しだしたものだ。

I can see how an artist can get tainted, frustrated
They don’t care if your mental is on the brink of somethin’ dark
As long as you’re cuttin’ somebody’s payslip
And sendin’ their kids to private school in a spaceship

アーティストがどうやって汚され、苛立っていくのか知ってる
誰も、あなたの心が闇に沈みかけていても気にしない
誰かの給料のために働いて、その子どもを宇宙船で私立学校に行かせている限りは

彼女は、レコード会社がアーティストのメンタルや健康を顧みず、利益を優先する態度を痛烈に批判する。Guardianはこのアルバムを「正当な怒りと絶え間ない実験」、Pitchforkは「最もパーソナルで、最も政治的」と評した。逆に言えば、ここまで音楽業界への怒りをぶちまけたアルバムをリリースしたAWAL(Artists Without A Label)は、めっちゃ懐が広い。

憶測だが、スティーヴ・レイシー、ガール・イン・レッド、ディスクロージャー、トム・ミッシュといったミュージシャンを擁するこのレーベルは、どこまでもミュージシャン・オリエンテッドなのだろう(親会社は超巨大企業ソニーミュージックなのに攻めまくっている!)。

Infloによる音像の設計

サウンド面を支えるのは長年の盟友、プロデューサーInflo。彼はSaultとしての活動と並行して本作を手がけ、ヒップホップをベースに、ソウル、ゴスペル、ファンク、エレクトロニック、アフロビートを縫い合わせていく。

ふくよかな弦楽器の響き、深みのあるベース、柔らかなエレクトリックピアノのコードは、シムズのパンチの効いたフロウを柔らかく包み込む。音のレイヤーは驚くほど滑らかだ。

M-5「X」では、アフロビートのパーカッションとマーチングバンドのスネアが絡み、ローリングするブレイクビーツがダイナミクスを生む。ブラック・コミュニティのメンタルヘルスに鋭く迫ったM-7「Broken」では、静謐なピアノのイントロに、クレオ・ソルの透明感あるハーモニーが重なる。

圧巻は、M-2「Gorilla」。ブラスの華やかなファンファーレで幕を開け、シムズの流れるようなフロウへとシームレスに繋がり、4つのノートから成るベースラインが全体を下支えする。サウンド・プロダクションが圧倒的にシネマティックなのだ。

M-4「No Merci」も最高 of 最高。特に、中盤でインサートされるデジタル加工のコーラス・パートが好きすぎる。それまで見えてきた風景が一気に切り替わるような感じ。Infloはこういう手管にめちゃめちゃ長けている。

怒りとバランス感覚の両立

決して媚びることのないリトル・シムズのアティチュードを明確に示しつつも、Infloが構築する『NO THANK YOU』の音像は決して攻撃的になりすぎていない。

そのバランス感覚に、僕は彼女のアーティストとしての底知れなさを感じてしまう。

DATA
  • アーティスト/リトル・シムズ
  • 発売年/2022年
  • レーベル/AWAL
PLAY LIST
  1. Angel
  2. Gorilla
  3. Silhouette
  4. No Merci
  5. X
  6. Heart on Fire
  7. Broken
  8. Sideways
  9. Who Even Cares
  10. Control