『The Rise and Fall of a Midwest Princess』(2023)
アルバム考察・解説・レビュー
『The Rise and Fall of a Midwest Princess』(2023年)は、ミズーリ州出身のシンガーソングライター、チャペル・ローン(Chappell Roan)によるデビュー・アルバム。プロデューサーにダン・ニグロを迎えた本作は、80年代シンセポップやドラァグ・カルチャーの美学を大胆に取り入れたキャンプな世界観が特徴。保守的な中西部での生い立ちと、クィアとしてのアイデンティティの解放を描いた物語性がZ世代を中心に熱狂的な支持を集め、異例のスリーパー・ヒットを記録した。
ドラァグという名の鎧
チャペル・ローンとは、単なるシンガーソングライターにあらず。彼女は「チャペル・ローン」という名のドラァグ・クイーンを演じる、パフォーマンス・アーティストだ。
本名ケイリー・ローズ・アムスタッツ。ミズーリ州ウィラードという、人口6000人ほどの超保守的なキリスト教徒の町で育った彼女にとって、「チャペル・ローン」とは、抑圧された自分を解放するためのペルソナであり、社会と戦うための鎧である。
白塗りの厚化粧、過剰なアイシャドウ、そしてティアラ。ジャケットに描かれた彼女は、スーザン・ソンタグがキャンプ(Camp)と定義したような、人工的で、誇張され、悪趣味スレスレの美学に貫かれている。
彼女は自身のライブで、観客にマーメイドやピンク・カウボーイといったドレスコードを指定するらしい。それは、観客一人ひとりにも日常という皮を脱ぎ捨てさせ、共犯者としてこの祝祭に巻き込むための儀式なのだろう。
象徴的なのが、アルバムの核となる楽曲「Pink Pony Club」。テネシー州の田舎娘が、ウェスト・ハリウッドのゲイバーで踊り明かす物語。「ママはきっと悲しむわね」と歌いながら、彼女はミラーボールの下で自分の居場所を見つける。
この曲が書かれた2020年当時、彼女はアトランティック・レコードから契約を切られ、失意の中で実家に戻り、ドライブスルーで働いていた時期だった。
どん底の中で見た「ピンク色の幻影」。それが現実を侵食し、彼女を再びLAへと引き戻す。チャペル・ローンというプロジェクトは、田舎の大人しい女の子が、自らの手で派手なメイクを施し、スポットライトの下で最強の女王へと変身する、魔法少女のような変身願望の具現化なのである。
遅効性の猛毒──90年代への回帰とマドンナの幻影
本作は2023年9月にリリースされたが、当初はチャートの圏外だった。しかし、2024年に入ってからTikTokでのバイラル、オリヴィア・ロドリゴのツアー帯同、そしてコーチェラ・フェスティバルでの伝説的なステージを経て、半年以上の時差で爆発的なヒットを記録した。
プロデュースを務めたのは、オリヴィア・ロドリゴの『SOUR』や『GUTS』を手掛けた現代ポップスの錬金術師、ダン・ニグロ。彼がチャペルと共に作り上げたサウンドは、80年代のシンセポップを基盤にしつつ、ケイト・ブッシュを彷彿とさせるシアトリカルな展開と、現代的なビート感が融合した、全く新しいバロック・ポップだ。
特に衝撃的なのが、「Super Graphic Ultra Modern Girl」。僕はこの曲を初めて聴いた時、マドンナの『Vogue』を思い出したものだ。だが、そこから展開するのは90年代後半から00年代初頭のガール・パワーポップの極致である。
気だるげなスポークン・ワードから、サビで爆発する機械的なビート。これはスパイス・ガールズであり、ディー・ライトであり、ル・ポールのランウェイ・アンセムだ。
ハイヒールで銀河を蹴り上げるようなそのサウンドは、単なるレトロな懐古趣味ではない。現代のクィア・クラブカルチャーにおける「戦闘曲」として、90年代のビートを再定義しているのだ。
ダン・ニグロの手腕は、チャペルのボーカル・スタイルを最大限に引き出した点にある。彼女は時にヨーデルのように声を裏返し、時に少女のように囁き、次の瞬間にはオペラ歌手のように朗々と歌い上げる。
この声の多重人格性こそが、アルバムのテーマである「感情のジェットコースター」そのもの。一度メジャーレーベルに捨てられ、インディペンデントで地道にファンを耕してきた彼女の執念が、ダン・ニグロという盟友を得て、ついにメインストリームの扉を蹴破ったのだ。
ミッドウェスト・プリンセスの戴冠式
個人的フェイバリットは、M-7「HOT TO GO!」。ヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」とタメはれるくらいに、身体性を伴う最強のポップ・アンセムだ。
この曲の凄まじさは、その跳ねるようなシンセ・サウンドと、キュートでパンキッシュな歌声。「私をテイクアウトして!」と叫ぶ彼女の姿に、僕はシンディ・ローパーの幻影を見たものだ。
『Girls Just Want To Have Fun』が持っていた、あの底抜けの明るさと、その裏にある反骨精神。チャペル・ローンは、シンディが80年代に体現した“変な女の子であることの自由”を、2020年代に鮮やかに蘇らせたのだ。
アルバムタイトルの「Midwest Princess(中西部のプリンセス)」には、二重の意味が込められている。一つは、ミズーリ州という保守的な土地でクィアであることを隠して生きてきた過去への別れ。もう一つは、どんなに都会で派手に着飾っても、自分の根底にある田舎娘の部分を愛するという宣言だ。
バラード曲「California」では、華やかな成功の裏にある強烈なホームシックと孤独が歌われ、「Casual」では、都合のいい関係に甘んじてしまう自尊心の低さを赤裸々に吐露する。
彼女の音楽が世界中の若者(特にZ世代のクィア・コミュニティ)に刺さった理由は、おそらくその正直さにある。彼女は、強くて完璧なディーバではない。愛に飢え、失敗し、元恋人に執着し、それでも鏡の前で涙を拭いて「私はスターだ」と言い聞かせる。その泥臭い姿が、どうしようもなくリアルなのだ。
『The Rise and Fall of a Midwest Princess』は、自分の居場所がないと感じているすべてのはみ出し者たちのための、極彩色のバイブルなのである。
- アーティスト/チャペル・ローン
- 発売年/2023
- レーベル/アイランド・レコード
- ジャンル/シンセ・ポップ,オルタナティヴ・ポップ
- プロデューサー/ダン・ニグロ
- Femininomenon
- Red Wine Supernova
- After Midnight
- Coffee
- Casual
- Super Graphic Ultra Modern Girl
- HOT TO GO!
- My Kink Is Karma
- Picture You
- Kaleidoscope
- Pink Pony Club
- Naked in Manhattan
- California
- Guilty Pleasure
- The Rise and Fall of a Midwest Princess(2023年/アイランド・レコード)
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