『ロード・オブ・ザ・リング』(2001)
映画考察・解説・レビュー
『ロード・オブ・ザ・リング』(原題:The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring/2001年)は、冥王サウロンを滅ぼすため、指輪を破壊する旅に出た9人の仲間の冒険を描く壮大なファンタジー叙事詩。ホビットの青年フロド、魔法使いガンダルフ、戦士アラゴルンらが力を合わせ、世界を覆う闇に立ち向かう。友情と犠牲、そして希望をめぐる神話的物語の幕がここに開く。
“誰も撮れなかった物語”が、ニュージーランドで動き出す
冥王サウロンを葬り去るため、指輪を破壊する旅に出たホビット族のフロド(イライジャ・ウッド)、その従者サム(ショーン・アスティン)、同じくホビット族のピピン(ビリー・ボイド)とメリー(ドミニク・モナハン)、偉大なる魔法使いガンダルフ(イアン・マッケラン)、人間の戦士アラゴルン(ヴィゴ・モーテンセン)とボロミア(ショーン・ビーン)、エルフ族のレゴラス(オーランド・ブルーム)、ドワーフ族のギムリ(ジョン・リス=デイヴィス)。
この“9人の仲間”は、ただのパーティ編成ではなく、世界の行方を背負わされた多民族連合だ。ホビットの小さな身体に、世界の重さがそのまま乗っている。果たしてこの集団は、指輪の呪いに耐え、冥王の復活を食い止めることができるのか?
J・R・R・トールキンによる『指輪物語』の映画化は、長年にわたってフィルムメーカーたちの“叶わない夢”として棚上げされ続けてきた企画だった。
スタンリー・キューブリックは一度映画化を検討しながら、そのスケールの大きさと物語の複雑さを前に首をひねり、現実的ではないと判断している。
『殺しの分け前/ポイント・ブランク』(1967年)や『未来惑星ザルドス』(1974年)のジョン・ブアマンもまた、アダプテーションの構想を練りながら、必要とされる予算規模に対してGOサインを出すことができなかった。
要するに『指輪物語』は、アイデアとしては誰もが魅了されるのに、実制作となると誰も手を挙げられない“禁断の企画”として、20世紀を丸ごと越えてしまった作品だった。
その夢がようやく具体的な骨格を得るのが、新世紀の入口となる2001年。しかも舞台はハリウッドではなく、映画産業的には“辺境”と見なされていたニュージーランド。
『指輪物語』全三部作は、およそ15か月という長期スケジュールで一気に撮り抜かれた。この決断自体がすでに異常な賭けだし、製作費の総額はニュージーランドでそれまで作られてきた全映画の予算合計を上回ったとされる。
たった一つのプロジェクトが、国の映画史全体を飲み込んでしまうような規模感だ。第1作『ロード・オブ・ザ・リング』(2001年)は、その大博打の“試写版”に近い。
ここでコケれば、残り二作は巻き込まれて瓦解する可能性が高いし、監督のキャリアも簡単に吹き飛ぶ。『ロード・オブ・ザ・リング』三部作は、映画史の中でも最もリスキーな興行の一つとして語るべきプロジェクトだ。
そのカオスの中心に立っていたのが、ピーター・ジャクソンという、一見するとこの超大作のイメージから最も遠いところにいた監督だった。
B級スプラッタから“世界の物語”へ──ピーター・ジャクソンという選択
ピーター・ジャクソンのフィルモグラフィーを振り返ると、『指輪物語』の監督に抜擢されたこと自体が、ちょっとしたブラックジョークのように見えてくる。
脳味噌を食べ、ゲロを回し飲みし、あらゆる人体破壊ギャグをこれでもかと積み上げた『バッド・テイスト』(1987年)や『ブレインデッド』(1992年)は、B級というよりむしろZ級寄りのスプラッタ・コメディ。幼児虐待や親殺し、大量虐殺が平然と画面を駆け抜け、悪趣味という言葉すら追いつかない領域まで振り切っている。
そこからマイケル・J・フォックス主演の『さまよう魂たち』(1996年)へとステップアップし、ホラーとブラックユーモアを織り交ぜたジャンル映画で着実に経験値を積んではいたが、それでも“正統派ハイ・ファンタジー”の監督候補として名前が挙がるタイプではなかった。
そんなジャクソンが、なぜ中つ国の舵を握ることになったのか。きっかけは、彼自身がオリジナルのハイ・ファンタジー映画企画を温めていたことにある。
『さまよう魂たち』の後、彼は自分なりのファンタジー世界を構築しようとシナリオを練っていくが、どう工夫してもその骨格は『指輪物語』に近づいてしまう。
世界の成り立ちをめぐる壮大な神話、闇の勢力と光の連合軍、多種族が共闘する旅路。このジャンルを本気でやろうとすれば、結局はトールキンが立ち上げた山に触れてしまう。
その事実を前にしてジャクソンは、「いっそ元ネタそのものをやるしかない」という判断に踏み切る。誰も映画化を実現できなかった“あの原作”を、真正面から取りにいくという選択だ。
ここで効いてくるのが、彼の出自だ。スプラッタ、ホラー、ブラックユーモア。ジャクソンは、人間やモンスターの“気味の悪さ”にずっとカメラを向けてきた監督だ。
民間伝承や神話の源泉には、そもそもそうした不穏さがこびりついている。数年前に話題になった『本当は恐ろしいグリム童話』が示したように、お伽噺は本来もっと残酷で、歯ざわりのざらついた物語の集合体だ。
そうした“根っこにある闇”を理解している監督にこそ、『指輪物語』の世界を任せる意味がある。 ジャクソンは原作が持つ正統派ファンタジーの骨格を尊重しつつ、その内部に潜むグロテスクな要素を自分のキッチュな資質に組み込み直していく。
中つ国の風景は絵画的で壮大だが、その片隅には切り裂かれた死体や、泥にまみれたオークの群れが息づき、戦場には血と土の匂いが漂う。
カメラは空から俯瞰するだけでなく、地面すれすれを疾走し、崖の縁をかすめ、キャラクターの恐怖や動揺をそのまま画面の揺れとして拾い上げる。
これは“綺麗なファンタジー”を撮ろうとする姿勢とはまったく別のものだ。同じく神話系ファンタジーを目指しながら、お伽噺としての甘さから抜け出せなかったジョージ・ルーカス製作の『ウィロー』(1988年)と比べると、その差ははっきりする。
『ロード・オブ・ザ・リング』は決して“子ども向け冒険譚”に収まらない。むしろ子どもが読むには少し目つきの鋭い物語として立ち上がっている。
“善”と“悪”のあいだで揺れる世界──ファンタジーの闇を掘り起こす
『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の起点となる第1作は、胸躍るダイナミズム、理想的なヒーロー像、優雅さと強さを兼ね備えたヒロイン像といった、古典的な冒険映画の要素をきっちり押さえている。
フロドたちホビットは観客の視点を担い、アラゴルンは“まだ王になりきれない男”として物語の中心に立ち、レゴラスやギムリは種族間のギャップを内包したコンビとしてユーモアと連帯感をもたらす。
ここだけ切り取れば、極めて王道のヒーロー・ファンタジーだ。 しかしこの映画の本質は、単純な善悪二元論から微妙にずれた場所にある。
指輪の誘惑は、いわゆる“悪の象徴”としてフロドの前に突きつけられるわけではなく、もっと静かに、じわじわと彼の内側へ染み込んでいく。強い意志を持つ者ほど、その力を正しく使いたいという欲望と表裏一体で、支配への衝動に近づいてしまう。
ボロミアの悲劇は、その構造をあまりにも分かりやすく示す。彼は国を守りたいという切実な願いから指輪を求め、結果として仲間を追い詰める側に回ってしまう。
“善き意図”が簡単に人格を歪めるという事実は、この物語全体を通奏低音のように流れている。 ジャクソンのカメラは、その揺らぎを視覚的にも強調する。
光と影のコントラストは単なる画面の美しさではなく、人物の内面で進行している葛藤の外形として機能する。指輪に手を伸ばす瞬間に画面がわずかに歪み、音響が低く唸る。
ファンタジー世界の“魔法”は、ここでは心理の歪みと結びついている。だからこそ、この作品のCG表現は物量自慢にとどまらない。ミナス・モルグルの不吉な光や、ナズグルの飛翔は、単なるモンスターショーではなく、世界が闇の側へ傾きつつあることを可視化するインジケーターだ。
重厚な人間ドラマと、容赦のないバトル描写、大量のCGを組み合わせた結果、『ロード・オブ・ザ・リング』はピーター・ジャクソン以外にはなかなか再現できない質感の作品になっている。
原作への敬意と、悪趣味寄りの想像力が奇妙なバランスで噛み合い、ハイ・ファンタジーの外見を纏いながら、どこか体温の高い“病巣的な映画”としてスクリーンに定着する。
エンディング・テーマがエンヤであることに異論はないが、作品の深部に流れているものを思うと、むしろビョークあたりが歌っても似合いそうな、不穏さを抱えたファンタジーなのだ。
タイトルクレジットが終わる頃、観客は“善が勝つ物語”を見届けたというよりも、人間が本来抱えている闇と、その闇を一時的に押しとどめるための物語装置としての“指輪物語”を体験した感覚に近づいている。
そういう意味で『ロード・オブ・ザ・リング』は、過去のファンタジー映画の延長線上ではなく、その系譜を一度リセットしてしまうタイプの作品と言えるだろう。
- 原題/The Lord 0f The Rings : The Fellowship Of The Ring
- 製作年/2001年
- 製作国/アメリカ、ニュージーランド
- 上映時間/178分
- ジャンル/ファンタジー、アドベンチャー
- 監督/ピーター・ジャクソン
- 脚本/ピーター・ジャクソン、フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエン
- 製作/ピーター・ジャクソン、バリー・M・オズボーン、フラン・ウォルシュ、ティム・サンダース
- 製作総指揮/マーク・オーデスキー、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン、ロバート・シェイ マイケル・リン
- 原作/J・R・R・トールキン
- 撮影/アンドリュー・レスニー
- 音楽/ハワード・ショア
- 編集/ジョン・ギルバート
- 美術/グラント・メイジャー
- 衣装/ナイラ・ディクソン、リチャード・テイラー
- SFX/ジム・ライジール
- イライジャ・ウッド
- イアン・マッケラン
- リヴ・タイラー
- ヴィーゴ・モーテンセン
- ショーン・アスティン
- ケイト・ブランシェット
- ジョン・リズ・デイヴィス
- オーランド・ブルーム
- クリストファー・リー
- イアン・ホルム
- ロード・オブ・ザ・リング(2001年/アメリカ、ニュージーランド)
- ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔(2002年/アメリカ、ニュージーランド)
- ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還(2004年/アメリカ、ニュージーランド)
- ロード・オブ・ザ・リング(2001年/アメリカ、ニュージーランド)
- ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔(2002年/アメリカ、ニュージーランド)
- ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還(2004年/アメリカ、ニュージーランド)
![ロード・オブ・ザ・リング/ピーター・ジャクソン[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/91tW3o9jdaL._AC_SL1500_-e1759558147189.jpg)