『夢』(1990)
映画考察・解説・レビュー
『夢』(1990年)は、黒澤明監督が自らの潜在意識と幼少期の記憶をもとに紡いだ、8篇からなるオムニバス映画。日照り雨、桃畑、雪あらし、トンネル、鴉、赤冨士、鬼哭、水車のある村──現実の風景と幻想世界が連続しながら立ち上がり、死生観、自然への畏れ、人間の業といった黒澤の晩年のテーマが静かに反射し合う。絵画的構図と象徴性の強いイメージが溶け合い、夢と記憶の境界を漂う映像詩として、日本映画史に異彩を放つ一作である。
【日照り雨】
少年が母親の忠告を無視して、 「狐の嫁入り」を見てしまうエピソード。オムニバス映画の冒頭を飾るお話が、黒澤の代名詞である「雨」にちなんでいることに、思わずニヤリ。緑深い森に日が射す中、小雨がパラついているという幻想的なショットが美しすぎる。
【桃畑】
少年が雛人形の精霊たちと出会う、エコロジー思想満載のエピソード。雛人形たちが舞いを踊るシーンはオープンセットで撮ったらしいが、っていうか幾らお金かかってるんですかソレ?まあ黒澤映画だから許される贅沢なんでしょう。締めのカットが伊崎充則のストップモーションなのは、何か締まらない気がする。
【雪あらし】
雪山で遭難した探検隊を、雪女が死の世界に誘うエピソード。ここまで高速度撮影にこだわった撮影も珍しい。それにしても、雪山に陽が差してキャンプがみつかった時にかかる、アルプスの少女ハイジみたいな音楽はヒドすぎやしないかい。『乱』(1985年)で黒澤と袂を分けた武満徹だったらば、素晴らしいスコアを作曲しただろうに。
【トンネル】
暗いトンネルから、戦死したはずの部下が現れるという悪夢的エピソード。手榴弾を体に結わえた野犬が、とにかく怖すぎ。戦地で“犬”死にした部下たちの無念を直裁にビジュアライズしており、全8話あるエピソードのなかで、最も強烈な死臭を放っている。
【鴉】
もともと絵画的要素の強い本作だが、ホントに絵画のなかに誘うエピソードを撮ってしまうとは。 強烈な色彩感覚を持つゴッホの絵画に、同じくヴィヴィッドな色彩設計を好む黒澤が惹かれるのは分かる気がする。
マーティン・スコセッシ演じるゴッホに「芸術家は機関車のように働らかなくてはならない」と言わせているのは、黒澤個人の信条というよりも、次代のクリエイターへの強烈なプレッシャーか?
【赤冨士】
東宝の同僚である本多猪四郎が手がけた『ゴジラ』(1954年)を黒澤は高く評価していたが、彼自身は特撮映画を撮ることはついになかった。『赤冨士』は、富士山の噴火によって原子力発電所が次々と爆発するというエピソードだが、もし黒澤が怪獣映画を手がけていたら、人々が逃げ惑うシーンはこんな感じになるんだろうなーと思いながら鑑賞。
【鬼哭】
『生きものの記録』から連なる、反核思想が全編を貫くエピソード。後にハリウッドは、放射能を浴びて巨大化したイグアナをニューヨークに上陸させてゴジラを撮ったが、巨大化したタンポポのほうがはるかにビジュアルとして(そして反核テーマとして)強力だと思う。鬼が泣き叫ぶ様子を俯瞰から捉えたシーンは、背筋が凍る思い。
【水車のある村】
アンドレイ・タルコフスキーにも通ずる、圧倒的に美しく、瑞々しい自然描写が光るエピソード。
「人間は便利なものに弱い」だの、「人間はなるべく自然な形で生きるべきだ」だの、「よく生きて、よく働いて、ご苦労さんと言われて死ぬのはめでたい」だの、そりゃ笠智衆にしゃべらせたら、全てのお言葉が含蓄に溢れる教訓に聞こえるわな。モスクワ放送交響楽団による「コーサカスの風景」のメロディーが頭から離れず。
- 製作年/1990年
- 製作国/日本
- 上映時間/119分
- ジャンル/オムニバス、ドラマ
- 監督/黒澤明
- 脚本/黒澤明
- 製作/黒澤久雄、井上芳男
- 撮影/斎藤孝雄、上田正治
- 音楽/池辺晋一郎
- 編集/黒澤明
- 美術/村木与四郎、櫻木晶
- 録音/紅谷愃一
- 寺尾聰
- 倍賞美津子
- 原田美枝子
- 根岸季衣
- 頭師佳孝
- 伊崎充則
- 井川比佐志
- いかりや長介
- 笠智衆
- マーティン・スコセッシ
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