メン・アイ・トラスト『Equus Caballus』(2025)
アルバム考察・解説・レビュー
『Equus Caballus』(2025年)は、メン・アイ・トラスト(Men I Trust)が同年3月発表『Equus Asinus』に続いて制作した二部作の後編。「Ring of Past」「Husk」「Billie Toppy」など既発曲の新バージョンが収録され、歌声の距離感や帯域処理が調整された。バンドは本作を「歩幅が広がった生活テンポ」と説明し、走行ではなく歩行速度の変化として構成したことを明言している。
ロバから馬へ──速度だけを変える音楽
2025年3月に『Equus Asinus』を、そしてわずか2か月後の5月に『Equus Caballus』をリリースしたメン・アイ・トラスト(Men I Trust)。Equusとはウマ科ことで、Asinusはロバ、Caballusは馬。世にも奇妙なEquus二部作が完成した。
バンドは制作に際し、「異なるエネルギーの曲群が自然に分離したため、同じ属の別アルバムとして仕分けた」と語っている。それぞれ引用してみよう。まずはジェシー・キャロンのコメントから。
同じ空間で録音した曲なのに、明らかに異なるエネルギーを持ち始めた
エマニュエル・プルーはこう語っている。
歌い方ではなく、声の“置き場所”が変わっただけ。Asinus では部屋の奥に、Caballus では少し前に出ている
さらにドラゴス・キリアックは制作手法についてこう語っている。
クリックを先に決めていない。生活テンポそのものが BPM になった
この3つの発言をつなげれば、「ロバと馬を分けた理由」は一気に見えてくる。これはジャンルではなく速度の問題だ。同じ生活の中で生まれた曲群が、歩く速度と、歩幅を広げた速度の二層へと自然分離していったのだ。
つまり本作は続編ではなく、“速度の異なるもうひとつの生活”。ロバは家の中を歩く。馬は外へ向かう。しかしまだ走らない──その「留保された速度」こそが、本作の本質である。
「Ring of Past」、「Husk」、「Billie Toppy」など、『Equus Caballus』には既発曲の2025年版が3曲収録されている。だが本作はセルフベストではない。旧バージョンが外向きだったのに対して、2025年版は “現在の歩行速度に調整し直された楽曲” として配置されている。
帯域は乾き、ベースが旋律とリズムを兼任し、声は響きを抑えて前景化する。曲が変わったのではなく、歩幅だけが変わった “同じ曲”──それが本作における再文脈化である。
走らずにポップを更新するという倫理
体感の話で申し訳ないが、おそらく『Equus Asinus』よりも『Equus Caballus』の方が、アルバム全体でBPMは早いだろう。だがそれは、“走らないまま歩行速度だけを伸ばすための増速度”にすぎない。したがって両作の違いはジャンルではなく、生活テンポの異なる二相である。
サウンド面でもその差は明確だ。ベースは跳ねず、前へ倒れ込むような推進力を帯びる。キックのアタックは削がれ、歩幅が伸びたときの体重移動に近い音像が設計されている。
エマの声はリヴァーブを極限まで短く処理され、“室内残響の声”ではなく“身体のすぐ隣で歩く声”へと機能変化している。『Caballus』は、音楽そのものを歩行のために再配合したアルバムだ。止まらず、駆けず、ただ前へ──そのテンポ感が曲順の中で徐々に輪郭化していく。
冒頭「To Ease You」は、眠気を保ったまま身体を起こすための曲だ。ビートは歩行前の呼吸そのもので、まだ“動作”は始まっていない。続く「Come Back Down」で歩幅がわずかに伸びる。
ジェシー・キャロンのベースが前に押し出される一方、エマの声はあくまで水平に留まり、“前へ進む低音”と“静止する声”の速度差が立ち上がる。これこそ本作の美学である。
「Hard To See」は本作で最もポップな構造を持ちながら、感情の高ぶりを意図的に拒否している。メロディは上昇するが、ドラマは始まらない。爆発しないことによって維持されるポップ──それがこの曲の倫理だ。
「Ring of Past (2025)」では、過去作からの“回帰”がテーマとして表象される。アレンジはより乾き、あたかも古い思い出にもう一度触れても、感情の温度だけは上がらないよう設計されている。
「Another Stone」では一瞬だけギターが前景に出るが、それも“感情の代理”としてではなく、歩行リズムの倍速版として機能しているにすぎない。
「Carried Away」は、そのなかでもっとも大きく揺れる曲だが、“浮遊”には決して到達しない。あくまで地面の上で揺れる。ここでも重心は声ではなくベースラインにある。
「The Better Half」は、アルバム中もっとも“光”を感じる曲だ。しかしそれは救済ではない。道の途中でふと明るい場所を通過しただけで、視界はすぐに曇りへ戻る。
終盤の「Worn Down」は、疲労の均一化を音像で描いている。ダメージではなく、“消耗しながらも歩き続ける身体”というテーマが、低音の粘りと声の淡白さによって成立している。
そして最終曲「Eris (Wait)」では、視界が再び閉じる。動き続けることそれ自体が目的となり、目的地は拒否される。“歩むこと”はもう移動ではなく、それ自体が行為の本質になっている。
どこへ向かうかではなく、止まらず続くという状態の維持。ここで『Equus Caballus』は完全に“歩行としての音楽”へと変貌する。
『Equus Asinus』が「止まらないために歩く生活テンポ」だったとすれば、本作は「その歩幅を少しだけ伸ばした生活テンポ」だ。ジャンルではなく、生活速度の異なる二相。ここに二部作の明確な差異が存在する。
声は“存在”へ、ビートは“動作”へ
『Equus Asinus』が「止まらないための生活テンポ」を音楽化した作品だとすれば、『Equus Caballus』は「生活を少しだけ先へ進める速度」の獲得である。走らない。駆け出さない。だが、もう止まってはいない。
エマの声は意味を担わず、“そこに存在しているという証拠”として置かれている。ベースは旋律と拍動を同時に担い、ドラムは“歩行の補助動作”として叩かれる。これは快楽主義ではなく、倫理の選択だ。
Equus二部作は結局こう問うている。「音楽は、生活のテンポをどこまで変えてよいのか?」
ロバは歩く。
馬は歩幅を伸ばす。
だが、まだ走らない。
そのわずかな差異こそが、2025年のメン・アイ・トラストが辿り着いた最新のポップである。
- アーティスト/メン・アイ・トラスト
- 発売年/2025
- レーベル/Return To Analog
- ジャンル/インディーポップ,ドリームポップ
- To Ease You
- Come Back Down
- Hard To See
- Ring Of Past (2025)
- Another Stone
- Husk (2025)
- Carried Away
- Where I Sit
- In My Years
- Billie Toppy (2025)
- The Better Half
- Worn Down
- Eris (Wait)
- Equus Caballus(2025年/Return To Analog)
- Equus Asinus(2025年/Return To Analog)
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