『Women In Music Pt.III』──悲しみを踊るためのポップ・アーキテクチャ
『Women In Music Pt.III』(2020年)は、ロサンゼルス出身の三姉妹バンドハイム(HAIM)が、自らの喪失と再生を音楽として記録した3rdアルバム。糖尿病や鬱、友人の死といった現実を抱えながら、彼女たちはポップの形式に痛みを織り込み、“悲しみを踊るためのリズム”を鳴らした。都市の光と影を往復するそのサウンドは、孤独を抱えたまま前へ進む人間の姿を描いている。
日常から生まれたリズム
カリフォルニアの陽光が降り注ぐサン・フェルナンド・ヴァレー。エスティ、ダニエル、アラナのハイム三姉妹は、幼い頃から家族で楽器を手にし、日常の会話のように音を交わしてきた。
音楽が特別な行為ではなく、呼吸の一部として存在する家庭。週末には家族バンド“Rockinhaim”として地元のイベントに出演し、ギターのチューニングよりも早く、観客とのリズムをつかむ感覚を覚えたという。
そんな彼女たちが独立し、ハイムとして名を掲げたのは自然な流れだった。デビュー前からSXSWなどの音楽祭で注目を集め、エネルギッシュなステージングは“姉妹版フリートウッド・マック”とも称される。
だが、彼女たちの音楽の真価は、キャッチーなメロディや洒脱なルックスではなく、三人の間に流れる不可視のグルーヴ──血縁によってしか共有できない時間感覚にある。
PTAとの邂逅
ハイムの名が世界的に知られるきっかけとなったのは、ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)による一連のミュージックビデオだ。
「The Steps、「Now I’m In It」、「Hallelujah」、「Summer Girl」──。どの映像にも共通しているのは、カメラが三姉妹を追いかけるというよりも、彼女たちのリズムに“共振”していること。
PTAはフィオナ・アップル、ジョアンナ・ニューサム、エイミー・マン、レディオヘッドらとのコラボで知られる“音楽的映画作家”だが、ハイムとの関係はさらに個人的。PTAの通っていた小学校の美術教師が、ハイム三姉妹の母親だったのだ。
アラナが主演を務めた『リコリス・ピザ』は、単なる友情出演ではなく、PTAが三姉妹の中に“ロサンゼルスという街の真の顔”を見た証だろう。PTAのカメラは、ハイムを被写体としてではなく、都市の記憶を宿す身体として撮っている。
LAの光、埃、通りの気温までもが、三姉妹の動きに同期して揺れる。
喪失と再生のポップ・アーキテクチャ
2020年に発表された3rdアルバム『Women In Music Pt.III』は、彼女たちのキャリアの転換点に位置する作品だ。デビュー作『Days Are Gone』(2013年)で軽やかに疾走したポップ感覚を、2nd『Something To Tell You』(2017年)では成熟へと導き、本作では“痛みの自画像”へと踏み込む。
糖尿病を抱えるエスティ、鬱に苦しむダニエル、親友を失ったアラナ。三人それぞれの傷が、アルバム全体を通じて織り込まれている。しかしその音は沈鬱ではない。むしろ軽快で、どこか風通しがよい。
「Los Angeles」ではレゲエのリズムが、都市への愛憎を明るく包み込み、「I Know Alone」ではエレクトロのビートに孤独の震えが乗る。ジョニ・ミッチェルを思わせる「Man From The Magazine」では、女性アーティストがメディアの欲望にどう晒されるかを静かに告発する。
ハイムは“悲しみ”をエネルギーに変換する装置のように、ポップという形式を使いこなしている。
悲しみを踊るために──サッド・バンガーの思想
「Gasoline」の跳ねるようなドラムと、歪んだファズギター。そこには、痛みを抱えながらも前進する身体のリズムがある。
ライブでダニエル自身がドラムを叩くのは、もはや儀式に近い行為だ。声と肉体、旋律と鼓動の境界を曖昧にしながら、彼女たちは“悲しみ”を踊れるものに変える。サッド・バンガー──悲しいのに高揚する、そのパラドックスの中にこそ、ハイムの美学がある。
エスティの低音は、地中から響くように感情の根を支え、アラナのギターはその上を風のように漂う。ダニエルのボーカルが天井を突き破る瞬間、聴く者は痛みを共有しながらも、不思議な爽快感に包まれる。
彼女たちが提示するのは「癒し」ではない。「悲しみと共に生きる術」だ。音楽とは感情を処理するための装置ではなく、感情を受け入れるための鏡なのだ。
PTAのカメラが見た“サマー・ガール”の幻影
アルバムを締めくくる「Summer Girl」は、ルー・リードの影が静かに射す曲だ。けだるいサックスの音色、LAの陽炎のようなトーン、三姉妹が並んで歩くミュージックビデオの映像。それらは全て“都市の夢”の断片だ。
ポール・トーマス・アンダーソンは、この曲を通してハイムの中に“ロサンゼルスの記憶”を見ている。彼女たちは街そのものを歩き、演じ、歌う。
過去と現在、映画と音楽、虚構と現実のすべてを横断する存在としての三姉妹。『Women In Music Pt.III』とは、彼女たちが都市の中で再び呼吸を取り戻すためのドキュメントなのかもしれない。
悲しみの粒子を光へと変換する、そのプロセスこそがハイムの音楽の核心にある。
“女性であること”を超えて──音楽そのものへの帰還
『Women In Music Pt.III』というタイトルは、皮肉でも、挑発でもない。ハイムが“女性アーティスト”という枠を越えて、自らを“音楽”そのものとして提示する宣言だ。
彼女たちは「女性であること」を語るために音楽をしているのではなく、音楽そのものが女性であり、女性そのものが音楽なのだ。その等式の上で、ハイムは自分たちの痛みや喜びを普遍的なエネルギーへと昇華する。
三姉妹というミニマルな編成は、血縁の呪縛ではなく、連帯のかたちとして鳴っている。『Women In Music Pt.III』は、フェミニズムの宣言書ではなく、“生の記録”だ。
孤独と喪失を抱えながら、それでも前へ進もうとする全ての人間に捧げられた、もうひとつの祈り。そして、その祈りは確かに踊れる。
- アーティスト/ハイム
- 発売年/2020年
- レーベル/Columbia
- Los Angeles
- The Steps
- I Know Alone
- Up from a Dream
- Gasoline
- 3 AM
- Don’t Wanna
- Another Try
- Leaning on You
- I’ve Been Down
- Man from the Magazine
- All That Ever Mattered
- FUBT
- Gasoline(feat. テイラー・スウィフト)
- 3 AM((feat. サンダーキャット)
- Now I’m In It
- Hallelujah
- Summer Girl
