『Wuthering Heights』(2026)
アルバム考察・解説・レビュー
『Wuthering Heights』(2026年)は、チャーリー・XCXがエメラルド・フェネル監督による同名映画への楽曲提供をきっかけに、全12曲のオリジナル楽曲を書き下ろしたコンセプト・アルバム。前作『BRAT』で見せたクラブ・カルチャーへの狂騒から一転、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケールを招聘するなど、ゴシックで内省的なダーク・ウェーブへと大胆に舵を切った。映画の枠を超えて現代ポップ・ミュージックの新たな地平を切り拓く一作となった。
ポップ・アイコンの突然変異
2024年の音楽シーンを思い返してみてほしい。世界中のダンスフロアとSNSのタイムラインは、あの目に突き刺さるようなライムグリーンのアートワークと共に、ハイパーポップの到達点『BRAT』の熱狂で完全に塗り潰されていた。
しかし、時代の頂点に立った我らがチャーリー・XCXが次に提示した手札は、きらびやかなクラブのネオンサインを乱暴に叩き割り、凍てつくようなイギリスの荒野へと文字通り身を投じる、衝撃的なダーク・アルバムだった。
エメラルド・フェネル監督の新作映画にインスパイアされて誕生した最新作『Wuthering Heights』(2026年)は、彼女のキャリアにおいて最も美しく、そして最も残酷なインダストリアル・ポップ。
正直なところ、極度にハイパーで陽キャ感全開だった前作のクラブ・アンセムに今ひとつ乗り切れなかった僕にとって、本作の泥臭く重苦しいサウンドスケープは、狂喜乱舞したくなる大正解のベクトル変更である。
事の発端は2024年末、『プロミシング・ヤング・ウーマン』や『ソルトバーン』で知られるフェネル監督から「映画のために1曲書かない?」というテキストメッセージを受け取ったチャーリーが、脚本を読んで「いや、アルバム丸ごと作らせろ!」と逆提案したことから。
マーゴット・ロビーとジェイコブ・エロルディが主演を務めるこの21世紀版『嵐が丘』は、エミリー・ブロンテの古典文学を過剰なセックス描写と泥まみれの欲望でドロドロに煮込んだ問題作として、強烈な賛否両論を巻き起こした。
だが、チャーリーの音楽はその映画的な狂気と情念を、映像以上に完璧な形で音響化してしまう。
「House」が体現する優雅で残酷なノイズ
このアルバムの異常テンションと芸術性を決定づけているのが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの伝説的創設メンバーであり、アヴァンギャルドの生ける巨匠、ジョン・ケイルを召喚したリード・シングル「House」。
現代のトップ・ポップ・アイコンと、1960年代のニューヨーク・アンダーグラウンドを支配した前衛芸術のレジェンド。普通なら絶対に交わるはずのない二つの才能が激突したこの曲は、背筋が凍りつくほどの凄まじい迫力だ。
チャーリーは、ケイルがかつて自身のバンドのサウンドを「エレガントでブルータル」と評した言葉に強烈なインスピレーションを受け、なんと彼に直接デモ音源を送って参加をオファーした。
不吉にうねり、重苦しく引きずるようなドローン・ストリングスに乗せて、「私はこの家で死ぬのだろう」というケイルの低く不穏なスポークン・ワードが、逃れられない呪文のように響き渡る。
そして楽曲が後半に向かうにつれ、鼓膜を容赦なく切り裂くようなフィードバック・ノイズの濁流が押し寄せ、チャーリーの断末魔のような絶叫が重なっていく。
全米チャートを席巻するスターと思えないほどの、アバンギャルドな手法。ポップ・ミュージックの甘い皮を被りながら、聴く者の精神をゴリゴリと削り取る、極めて前衛的でノイズ・テロリズム的トラック。
この1曲だけで、チャーリー・XCXが単なるヒットメイカーから、狂気の音響キュレーターへと進化したことが完全に証明されている。
「Dying for You」のインダストリアルな絶望
本作のハイライトであり、筆者のアドレナリンを沸点までブチ上げさせた最強のキラー・チューンが、M-3「Dying for You」。
嵐の前の静けさを思わせる映画的なスケール感を持った荘厳なイントロから、鋼鉄を打ち付けるような重厚なインダストリアル・ビートがズシリと鳴り響いた瞬間、内臓が震え上がるような興奮が立ち上がる。
インダストリアルとは、元来工場機械の駆動音のような金属的電子音を特徴とするアンダーグラウンドなジャンルだが、チャーリーと長年の盟友プロデューサーであるフィン・キーンは、このゴシックな暗黒世界のど真ん中に、胸を締め付けるような極上のポップ・メロディを投下。
「あなたは私の頭に突きつけられた銃、胸に開いた傷口」、「私はあなたのために死にかけていた」と歌われる血みどろリリックは、エロルディ演じるヒースクリフの狂気的な執着と、キャサリンの破滅的な愛に完璧にシンクロしつつ、”踊れる絶望”とでも言うべき異常なカタルシスを生み出している。
フェネル監督の映画は、「古典文学に21世紀のスポットライトを当てすぎて、ただの性欲丸出しのメロドラマになっている」と原作ファンや海外の批評家から猛烈な批判を浴びてもいる。
しかしこのアルバムに関しては、「映画本編よりも遥かに傑作」と絶賛の嵐。この狂気と静寂のインダストリアル・サウンドトラックに、我々はただひたすらに身を委ねるしかない。
- アーティスト/チャーリー・XCX
- 発売年/2026
- レーベル/アトランティック・レコード
- ジャンル/インダストリアル、サウンドトラック、ゴシック・ポップ
- プロデューサー/フィン・キーン、ジャスティン・レイゼン、ネイサン・クライン、ルイス・ペサコフ
- 1. House (feat. John Cale)
- 2. Wall of Sound
- 3. Dying for You
- 4. Always Everywhere
- 5. Chains of Love
- 6. Out of Myself
- 7. Open Up
- 8. Seeing Things
- 9. Altars
- 10. Eyes of the World (feat. Sky Ferreira)
- 11. My Reminder
- 12. Funny Mouth
- Wuthering Heights(2026年/アトランティック・レコード)
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