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『ルパン三世 ルパンVS複製人間』(1978)“本当のルパン”を解き明かす異端のSFアクション

『ルパン三世 ルパンVS複製人間』(1978)
映画考察・解説・レビュー

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『ルパン三世 ルパンVS複製人間』(1978年)は、永遠の命を求める謎の大富豪マモーとルパンの対決を描く長編アニメ第一作。カリブ海の孤島で繰り広げられる壮大なSFバトルの裏で、「不老不死とは幸福か?」という哲学的テーマが浮かび上がる。ハードボイルドな原点回帰を遂げたルパン像と、サイケデリックかつ実験的な映像表現が融合した、シリーズ屈指の異色。

複製される生命と本物のルパン像

『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)は、しばしば“アニメ史を代表する傑作”として語られてきた。その評価は正当だが、同時にこの語り方がシリーズの文脈を狭め、日本における〈ルパン像〉をひとつの輪郭に固定してきた側面がある。

宮崎駿が描いたルパンは、モンキー・パンチの原典から意図的に距離を取り、無垢な少女を前に躊躇を残す優しい盗賊として造形された。あの映画におけるルパンは、少女を守る紳士であり、暴力を振るうことを避け、人を殺さない。

彼は戦いの気配の外縁に留まり、静かな余韻を残して去る存在だった。その“優しさ”こそが名作たり得た理由でもあるが、同時にそれはモンキー・パンチが造型したハードボイルドなキャラクターからの乖離でもある。

原作ルパンはケチで、大嘘つきで、ドタバタな色気と悪知恵で生き延びる犯罪者であり、必要とあらばためらいなく人を殺す冷徹さも持ち合わせていた。つまり宮崎版ルパンは、原作の身体を借りながらも別の思想構造を帯びた“番外編”だったのだ。

『カリオストロ』だけをルパン映画の原点に据える語り口は、この多層的な系譜を単純化し、“本物のルパン”を見えなくしてしまう危険をはらむ。その対極として浮かび上がるのが、1978年に公開された『ルパン対複製人間』である。

この作品は原作の質感により接続し、SF的な荒唐無稽さとハードボイルドの混淆によって、別種のルパン像を鮮明に浮上させる。ここで描かれるルパンは、ユーモアと皮肉を伴いながら、犯罪と暴力の境界線を軽々と行き来する存在だ。

後年のシリーズが受け継ぐことになる「赤ジャケットのルパン像」の骨格が、すでにここで構築されていた。

永遠の生命が孕む虚無と偏執の哲学構造

『ルパン対複製人間』を思想的に駆動しているのは、マモーという特異なヴィランの存在だ。彼はカリブ海の孤島に人工的な王国を築き、自らの肉体を複製し続けることで“永々の生命”を得ようとする男。数千年の時を生き延び、蓄積された知識と技術は、ほとんど神話的な領域に達している。

しかしこの“永遠性”は祝福ではなく、自己の複製を重ねることでしか延命できない循環の中に閉じ込められた虚無の形式だ。複製を続けるという行為は、生の更新ではなく、死の回避という強迫的な行動の延長にある。

彼が第三次世界大戦の勃発すら企図するのは、永遠の時間が人間的な倫理を失効させることを象徴している。永遠に生きる者が、人間の尺度をどの時点で失い、いかにして“神を自称する者”へと転落していくのか。その哲学的問いを、監督・吉川惣司はアニメーションという形式の内側に組み込んだ。

マモーの王国のビジュアルは、キリコやサルバドール・ダリに代表されるシュールレアリスム的な遠近感の歪み、異界的な陰影、物質の溶解感をまとっている。

これらは単なる美術的参照ではなく、“時間の感覚が断絶した世界”を視覚的に提示する装置として成立している。五右衛門の斬鉄剣が画面を物理的にズラす表現は、キャラクターの行為がアニメーションの“表面”そのものを裂くというメタ的構造を示している。

さらにエンディングに三波春夫の「ルパン音頭」を流すという極端なミスマッチも、作品の外側から内側を撹乱する試みとして機能する。異なる時空間を強引に接合し、統一的な世界観の崩壊をむしろ快楽として提示する。

この断片化された美学こそが『複製人間』という作品の核であり、“永遠性”という重いテーマを軽やかに包摂するメカニズムとなっている。

ハジけるアクションとアニメ的虚構

『ルパン対複製人間』と『カリオストロ』の差異は、序盤のカーチェイスに端的に表れる。『カリオストロ』のアクションはリアリズムを基底に置きながら、アニメならではの嘘を許容し、スピードと緊張を調律する方向に設計されていた。

それに対して『複製人間』は、リアリズムを前提にせず、虚構の爆発を美学として押し出す。巨大すぎるトラックが道を塞ぎ、路肩の崩落を利用して車がガードレールをよじ登り、重力の整合性を無視したまま元の山道に着地する。

ここでは“あり得なさ”そのものが快楽であり、アニメーションが持つ身体性の解放がアクションの核となる。整合性を排除した動きの連鎖が、世界の物理法則を撹乱し、観客の感覚器官に直接触れる速度を生む。

アニメーションは、現実では制約される身体の動きや空間の反復を、自由な記号として差し出すことができる。その可能性を最大限まで引き延ばす作品こそ、シリーズの中でも稀有な存在だ。

ここで描かれるルパンは、赤いジャケットを翻し、ハードボイルドとシニシズムと軽快なスラップスティックを身体の内側に宿す、“本来のルパン”の延長線上に位置している。

人を欺き、逃げ、笑い、危険と隣り合わせの状況に身を置きながら、どこかで死と生を軽やかに往復する存在。『複製人間』のルパンは、原作の精神構造に近い特性を保ちつつ、アニメーションによって拡張された“もうひとつの身体性”を持っている。

整然とした美学に還元されない、荒々しく、軽みを帯びた動きの連鎖。そこにこそ、ルパン三世というキャラクターの根源的な魅力が宿る。『カリオストロ』の洗練も確かにひとつの完成形だが、シリーズの幅と奥行きを知る上では『複製人間』が欠かせない。

ルパンを“優しい義賊”だけに閉じ込めるのではなく、欲望と虚無、ユーモアと暴力の境目を揺れ動くキャラクターとして引き受ける。そうして初めて、ルパン三世という存在の複数性が見えてくる。

DATA
  • 製作年/1978年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/102分
  • ジャンル/アニメ、アクション
STAFF
  • 監督/古川惣司
  • 脚本/古川惣司、大和屋竺
  • 製作/藤岡豊
  • 原作/モンキー・パンチ
  • 撮影/黒木敬七
  • 音楽/大野雄二
  • 作画監督/椛島義夫
  • 美術監督/阿部行夫
CAST
  • 山田康雄
  • 増山江威子
  • 小林清志
  • 井上真樹夫
  • 納谷悟朗
  • 西村晃
  • 大平透
  • 富田耕生
  • 三波春夫
  • 赤塚不二夫
  • 梶原一騎
FILMOGRAPHY
SERIES