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ディパーテッド/マーティン・スコセッシ

『ディパーテッド』──アメリカン・モラリティの終焉を刻む懺悔録

『ディパーテッド』(原題:The Departed/2006年)は、マフィアに潜入する警察官と、警察に潜入した犯罪組織のスパイという二重構造の中で、善悪の境界が崩壊していく過程を描く。ビリー(レオナルド・ディカプリオ)は正義を信じながらも、裏切りと暴力の渦に呑まれていく。神の沈黙とモラルの崩壊が、現代アメリカの影を映し出す。

アメリカン・モラリティの終焉──ニューヨーク派の変奏

’70年代に『タクシー・ドライバー』(1976年)、『ニューヨーク・ニューヨーク』(1977年)、『レイジング・ブル』(1980年)といった都市の病理を描き、**“街と神のあいだで戦う男”**として尊敬を集めたマーティン・スコセッシ。

’80〜’90年代には『グッドフェローズ』(1990年)、『ケープ・フィアー』(1991年)、『カジノ』(1995年)でハリウッドの商業的頂点を征服。だが2000年代、巨匠は再び神と悪魔の間をフラフラと彷徨い始める。レオナルド・ディカプリオという“スターの化身”を得て、自らの神話をもう一度リブートしようとしたのだ。

『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002年)と『アビエイター』(2004年)は、巨額の制作費を投じながらも、批評的にも興行的にも微妙な滑走を見せた。スコセッシは迷っていた──信仰か暴力か、芸術か商業か。

だが、三度目のレオナルドと組んだ『ディパーテッド』(2006年)で、ようやくアカデミーの門を蹴破る。香港映画『インファナル・アフェア』(2002年)のリメイクとして誕生したこの作品は、単なる翻案ではない。それはスコセッシが“アメリカのモラルの死”を記録した懺悔録である。

スタイルの暴走──モラルなき映像美学

『ディパーテッド』は、テンポがもはや予告編レベル。ハイスピードなカット、交錯するクロスカッティング、そしてローリング・ストーンズのBGMが鳴り止まない。これが70歳手前の監督の仕事とは思えない。まるで「映画という名のロックフェス」だ。

150分を超える長尺ながら、構成は完璧な“コン・ゲーム”。騙し、裏切り、潜入、そして暴力。だがそのスタイルの研ぎ澄まされ方こそが逆説的に“空虚”を生む。美しすぎる映像は、もはや信仰を失ったカトリックの聖堂のように響かない。

スコセッシが生涯追い続けてきた“罪と救済”の物語は、ここでは表層的な装飾にすぎない。潜入捜査官ビリー(レオナルド・ディカプリオ)は、犯罪者の血を引きながらモラルを回復しようとするが、その苦悩は神に届かない。彼の苦しみは、もはや“キャラクターの心理”ではなく、“アメリカ映画そのものの良心の崩壊”の比喩になっている。

スコセッシが言う「モラルのグラウンド・ゼロ状態」は、倫理が焼き尽くされた映画産業そのものを指している。つまり、“モラルが描かれない”こと自体が時代の写し鏡なのだ。

ギャングのボス、フランク・コステロ(ジャック・ニコルソン)は、セックスとドラッグと暴力を愛するアンチ・モラルの象徴。だがその鬼畜性すら、スタイルの過剰によって消費されていく。

ストーンズの『ギミー・シェルター』が流れた瞬間、悪は批評の対象ではなく“映像の快楽”へと変質する。スコセッシは倫理をリズムで殴り倒したのだ。

沈黙への道──信仰の影と赦しの不在

少年時代、カトリック司祭を志していたスコセッシにとって、“モラル”とは常に信仰の問題であり、映画とは罪の告白だった。だが『ディパーテッド』では、その信仰がついに崩壊する。神は黙り、赦しは届かない。

モラルの象徴であるはずのビリーは、祈りながら堕ちていく。州議会ドームを望むベランダをネズミが横切るラストショット──それは神の代わりにネズミが歩く世界の寓話であり、“祈りの不在”を視覚化した究極の皮肉である。

スコセッシはこの作品で、己の信仰を手放した。救済を描くのではなく、救済の不可能性を描くこと。そこに彼の新しい“映画的祈り”がある。

『ディパーテッド』は、モラルの死を記録したあとで、なお映画を信じようとする男の遺書である。そしてこの絶望の果てに、『沈黙』(2016年)へと至る道が開かれる。

“神が沈黙する時代に、映画はいかに祈ることができるか”──その問いは、この裏切りと血の物語の中で、すでに始まっていた。

DATA
  • 原題/The Departed
  • 製作年/2006年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/150分
STAFF
  • 監督/マーティン・スコセッシ
  • 脚本/ウィリアム・モナハン
  • 製作総指揮/ロイ・リー、ダグ・デイヴィソン、G・マック・ブラウン
  • 製作/マーティン・スコセッシ、ブラッド・ピット、ジェニファー・アニストン、ブラッド・グレイ、グレアム・キング
  • 原案/アラン・マック、フェリックス・チョン
  • 撮影/ミヒャエル・バルハウス
  • 美術/クリスティ・ジー
  • 音楽/ハワード・ショア
  • 衣装/サンディ・パウエル
  • 特撮/ロブ・レガート
CAST
  • レオナルド・ディカプリオ
  • マット・デイモン
  • ジャック・ニコルソン
  • マーティン・シーン
  • ヴェラ・ファーミガ
  • マーク・ウォールバーグ
  • アンソニー・アンダーソン
  • レイ・ウィンストン
  • アレック・ボールドウィン
  • ケビン・コーリガン
  • デヴィッド・パトリック・オハラ
  • クリステン・ダルトン
  • マーク・ロルストン
  • ロバート・ウォールバーグ